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2009年7月31日 (金)

六ヶ所村ピースサイクル

一行にメッセージ
 2009ピースサイクルの「課題コース」の一つ、青森県六ヶ所村、核燃料再処理工場の操業停止・凍結、工場閉鎖を求める「六ヶ所村ピースサイクル」が、明日から始まる。
 昨日までに、愛知ネットとして、参加できないことを詫びつつ、青森県知事、六ヶ所村村長、日本原燃社長宛ての申し入れ書を一行に託した。
 今日は一行に対する激励メッセージを送った。


  一行のみなさまへ

 今回の「六ヶ所村ピースサイクル」は、竹内事務局長の急死という、口惜しくも悲しいできごとを背にしての出発と思いを致し、いっそうの激励を、このメッセージに託したいと思います。
 “原子力発電を続ける限り、人類の未来はない”と、何となく思っていましたのが、1986年のチェルノブイリ原発の事故で一変しました。
 忘れもしない、「チェルノブイリ」という名前をスラスラ言えるまでかなり時間がかかったこと、東海地方以上の地域に人間が住めなくなったと聞いた時の驚き(実際は中部地方全体ほどの広さ)。
 そして、市民グループ「反原発きのこの会」が、熱心に反原発運動を展開していて、「胞子」という、当時のワープロ誌面を拒否して、手書きのミニコミ誌を毎月400~500部を発行していたこと。
 私自身、1990年代の半ば、中部電力芦浜原子力発電所建設予定地に、毎夏、キャンプに行っていっていたこと・・・。
 幸いにも、中電・芦浜原発は、各方面の反対運動が実を結んで計画が中止になりました。しかしその後の原子力行政は、大間原発をはじめ、新規の原発計画だけでなく、プルサーマル発電計画が着々と進んでいるようにも思われます。
  政府による使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム、ウラン等を有効利用することを基本とした方針が2005年に決定され、それゆえ、六ヶ所村の再処理工場の稼働は、「国策」として推進されているのだと思います。
 そうした原発行政を180度転換させる運動は、とてつもない大きな壁、超え難い大海原を想起させますが、放射能汚染の中で、悶え苦しみ息絶える、人類の断末魔を想起するとき、私たちの今日的、「今なすべきこと」は、自明のように思われます。
 陸奥(みちのく)への銀輪の行脚は、葉っぱに乗った蟻が、太平洋を横断するようなものかもしれません。しかし、小舟に助けられ、大型船に助けられて洋々と海原を進む日が来ないとも限りません。その日を信じて、ペダルを漕ぎ、声をあげ、旗を振って、走ってほしいと思います。

  愛知からの参加ができなくて心苦しいですが、一行の無事と健脚を信じ、現地での諸行動による成果を期待してやみません。
 秋の全国会議で再会しましょう。
                  
2009年7月30日
        ピースサイクル愛知ネットワーク

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2009年7月30日 (木)

予算編成権が財源

  政権交代時のリレーゾーン
 明日、自民党のマニフェストが発表されるそうで、これで各党のマニフェストが出揃うことになる。
  27日、都内で開かれた民主党の「政権交代選挙にのぞむ2009民主党マニフェスト」発表以降、インド洋上での給油活動、消費税論議の修正発言、財源論などに、自公だけでなく社共からも批判の矢が放たれている。
 この問題については、7月17日の段階で私は、「・・・政権担当が現実的になってきた段階で、これまでの政策が変化して、現政権の政策に近づくことは、一概に政策転換とは言い切れない。革命的、軍事的政権交代と違って、国としての政治体制それ自体が引き継がれる以上、一定期間は、前政権の正反両方の“遺産”については引き継がざるを得ないのだ。つまり、“リレーゾーン”内のことは、許容範囲でもあるいう見方をしないと、政権交代の醍醐味が希薄になりかねない。」と書いた。
 このような見解は、「きれいごと」といわれるかもしれないが、政権交代が実現する前に、あたかも政権交代が実現したかのような立場からあれこれ言うのは、“選挙は水もの”という定説に従えば、足元をすくわれかねない。
 私は社民党、共産党にも「第3極」の立場が議席を増やしてほしいという立場であるが、だからといって、政権交代の状況がひっくり返ることに潔しとはしない。「党利党略」と受け取られかねない言動は、現段階では控えた方がいいのではないか。
 インド洋上での給油活動は、特措法の期限が切れる来年1月15日までは認めることでいいのではないか。そしてこの間に、沖縄米軍基地問題を含む対米関係の方針を具体化していけばいい。そういう時間が必要である。
  又、消費税論議の修正発言についても、「年金・介護・医療」の問題が待ったなしであり、「少子高齢化」「経済の先行き不透明」という状況は現実的に考えねばならない。「野党時代とは違う」という批判、指摘は、政権奪取後1年以内に、じょじょに戻していけばいいのではないか。
  そして財源論あれこれは、「政権をとっての予算編成権、それ自体が財源」を声高にいえばいい。税金の無駄遣い、特殊法人と天下り、米軍思いやり予算、“埋蔵金”の使い方、その他もろもろについて、予算編成権と国会での多数派をもってすれば、成し遂げられる問題ではなかろうか。そこにこそ政権の評価がかかるのであるから、そんな攻撃にたじろぐ必要は全くない。「勝てば官軍」とまでは言わないが、そんな気がしないでもない。

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2009年7月29日 (水)

ピースサイクル3日目 

 小牧基地の場合
 当日の様子は聞いていないが、これまで全く同じパターンの対応をする基地側であれば、申し入れそれ自体は例年通りであったろう。
 基地正門のゲートを閉め、ゲートの外でただただ黙したまま申し入れ書を受け取るだけ、返事もしない、回答書もよこさない、要するに無視である。他の市民グループが行っても同じ対応であるが、これが地元の自治体であるとか「地元住民」であると、部屋を用意して対応するようである。この違いはなんなのか。
 一つは、市民グループと名乗っての申し入れの場合、言葉として発することはないとしても、「自衛隊は憲法違反」という認識が付随しての場合が一般的で、また、彼らの職業・職務それ自体を非難ないしは否定的見解を述べることが多いからであろう。「C130輸送機のジプチ派遣は、憲法違反、すぐに帰還してください。」と面と向かって言われれば、はいそうですか、とならないであろう、彼らの立場からすれば。
 もう一つは、自衛隊といえども軍隊には変わりはなく、それは戦前と現在では、文民統制のもと、組織も隊員の認識も全く変わらないとはいえないが、「規律(軍律)」による統制力は、その組織性からいって大きく変わるものではないだろう。それは同時に「反政府」の言動に規制がかかる以上に、時の権力の思想統制のもとにおかれることは避けられない。その時の政府とは「日米同盟」を基軸とする事実上の「軍事大国化」「憲法9条」違背を是とする自民党政府であるから、憲法擁護の市民グループと対立関係にならざるを得ない。
 それでも、新憲法のもとでの「自衛隊」は、他の行政機関と同じものであるという一般認識のものとで対応を求める市民グループは、自衛隊が「市民グループ」を敵対視し、まっとうな対応をしないことに、より不信感を募らせる結果となっている。
 さて、小牧基地司令への申し入れ文書は、以下の内容が含まれていた。
①自衛隊3軍の海外派兵は憲法違反です。派兵に強くに反対します。現在ジブチに派遣されているC130輸送機の即時帰還を求め、派遣業務を停止してください。
②空中給油機の配備は、小牧基地の更なる基地機能強化と、米軍供用の容認につながるものであり反対します。
③ブルーインパルスの展示飛行に反対します。中止してください。
④小牧基地に関連して「基地内で騒音を発生させないこと、放射性物質、有毒化学物質や兵器等の有害物質を搬入、保管しないこと、これらの有無を含めて全ての情報を公開すること。/周辺自治体はもとより、平和団体、市民団体とも、対話の場を積極的に設けること。「反戦平和」の世論・主張にしっかり耳を傾けてください。/基地内を、積極的に公開してください。
 実は、C130輸送機のジプチ派遣は、基地司令の一存で決められるわけではなく、本来、申し入れ先は総理大臣もしくは防衛大臣ということになるから、「そのような市民からの申し入れがありましたから、上申します」とか何とかの行動をとってほしい、という意味合いになる。なんか申し入れる方もむなしさを感じる。
 私はこうした時いつも、「国会議員の特権」で、せめて「対話の場」だけでも設定してもらえれば、と思うことが多いが、そのような議員を送り出す努力をしているわけではないので、かなうはずもない。こういう時に、若干の運動上のジレンマを感じるのである。
 今年もいろいろあって、愛知の「ピースサイクルの熱い夏」も終わった。この先、広島、長崎市長あてのメッセージを取りまとめ、「六ヶ所村ピースサイクル」関連のメッセージを送って、秋の全国会議での報告と総括に臨むことになる。了

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2009年7月28日 (火)

ピースサイクル2日目、3日目

 日進市の場合
 昨日は、岡崎市発、豊田市、三好町、日進市経由、名古屋・金山駅近くの宿泊所までのコースであった。
 日進市の場合、2001年から市民グループの熱烈歓迎で、盛大な歓迎・交流会でもって迎えられてきた。その成果は、市主催の「歓迎会」まで設定され、前市長の場合、公務がなければ、出席も戴いていたという、嬉しい機会、場所であった。
 今年は、市の主催行事はなくなったが、形としては昨年と同様な扱いがなされた。また、市民グループの歓迎行事では、近在の大学生も参加して、歓迎と激励の言葉、千羽鶴、カンパを戴き、昼食、デザートまで用意をして戴くほどであった。何より、参加された方一人一人の言葉の中に、平和への思い、大切さ、何かをしなければ、という心のこもった話が、「ピースサイクルをやっていてよかった」と思わせるのであった。
 日進市への申し入れは、豊田、三好と同趣旨であったが、ここでも丁寧な回答が寄せられた。市長からは、三好町長同様、秋葉広島市長、田上長崎市長宛のメッセージが寄せられた。

 名古屋市、愛知県の場合
 私は参加できなかった3日目の様子は、まだ届いていないが、予定通り執り行われたものと思われる。
 午前中は、名古屋市、愛知県、航空自衛隊小牧基地の訪問と、岐阜へのリレーが行われ、午後から、航空自衛隊岐阜基地(各務原市)と各務原市役所訪問などが予定されていた。
 名古屋市へは、①「非核平和都市宣言」、アジア諸国との友好、青少年の交流や戦争・平和資料館の設置など平和行政の推進。アメリカ海軍の艦船の名古屋港寄港(の常態化)の拒否を要請。②「憲法9条を守れ、活かせ」を行政に反映。③名古屋空港それ自体は愛知県の所管ですが、地方自治体としてなしうる全ての権限を駆使して、基地機能拡大阻止にご尽力いただきたい。④アスベストについては、引き続き学校などの公共施設での実態調査及び建物解体・修理時における飛散、吸引防止に努めること。⑤ゴミの不法投棄、埋め立ての監視、ゴミの発生を抑制しリサイクルするなど、省資源、循環型社会に向けての諸施策のいっそうの推進。COP10開催を控え、全市、全県的な植樹運動、海、河川、湖沼の浄化に努めるなどの自然・環境破壊を阻止することはもちろん、再生事業にも積極的な取り組み。更に、市街地開発事業などでは、都市の景観を損なうことなく、又、車の乗り入れ規制、公共交通機関の充実化を通して、大気汚染、ヒートアイランド現象防止に努める。⑥街路樹に包まれ、夜間でも安心して歩け、歩行者や自転車、車椅子などにやさしい道路、自転車道、街づくりを更に推進、他。
 愛知県については、名古屋市と同趣旨のものが多いが、「COP10開催を控え、『設楽ダム建設の見直し」を要請する共に、全県的な植樹運動、海、河川、湖沼の浄化に努めるなどの自然・環境破壊を阻止することはもちろん、再生事業にも積極的に取り組んで下さい」という一文も入った。また今秋の、小牧基地における「ブルーインパルス展示飛行」については、反対の立場から、口頭で申し入れることになっていたが・・・。
 小牧基地での申し入れについては明日に続く。

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2009年7月27日 (月)

ピースサイクル2日目

 小雨の中を走る
 昨日愛知県入りした浜松のピースサイクルの一行は、豊橋で岡崎のメンバーにリレーした。
 そして、今朝岡崎を発って、小雨の中、豊田市役所に10時前に到着。
  私は、雨模様を見越して自転車走行をあきらめ、電車で豊田市役所に出向いて一行を待ち受けた。
  豊田市には、「アメリカの『リーマンショック』に端を発する世界同時不況、トヨタ自動車の営業赤字への転落の影響による、市の財政への厳しい状況など、この一年、豊田市における市政と、地域住民の環境とくらしに関する特徴的なこと、いまなお、課題としている点など、これまでの訪問でお話を伺ったこととも一部重複いたしますが、下記の点につきまして、その後の進捗状況、新たな課題などありましたら、参考までにお聞かせ下さい。」として、
①平和憲法の理念を尊重し、非核平和都市宣言の推進など、平和行政、平和教育を引き続き推進。②豊かな自然を次世代に残す施策を引き続き推進。③CO2排出削減へより大きな効果が図られるよう、ご尽力を期待。④社会的弱者といわれる人たちの、安心・安全の施策。⑤歩行者や自転車、車椅子などにやさしい街路樹に包まれた道路、街づくり。⑥東海豪雨災害の対策、市内の新型インフルエンザの患者発生の問題の対策。⑦NPO、ボランティア、市民運動等の活動の環境整備、財政支援。
  いつもより丁寧な回答を戴き、時間を気にしながら次の三好町に向かった。
  三好町はこの11月に町長選挙があるが、実質「市長選挙」となる。それは2010年1月4日から「みよし市」となって市制に移行するからである。「三好」という漢字名にならなかったのは、同名の市が高知県にあって、了解を得られれば「三好市」になるはずだった。法律的には同名でも問題はなさそうだが、相手の意向を重んじた結果なのであろう。
 さて三好町では、最初に「トヨタ自動車の営業赤字への転落の影響による、町の財政への厳しい状況」を聞いた。三好町にトヨタの工場が3つあり、法人税などの収入のトヨタ依存度は高い。案の定、95%以上の減と聞かされた。その他、豊田市とほぼ同種の5項目の質問を設定していたが、ここでも丁寧な回答が用意されていた。 
(続く)


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2009年7月26日 (日)

選挙と労働運動

  関心を持っていても表に出せない?
 去る7月22日、ATUサポート市民の会の例会で、議題になかった「選挙と労働運動について」の意見を述べた。
 実は、私の参加する会議の場では、こと選挙に関してはタブー視される傾向がないでもない。それは、議会制民主主義という政治形態に疑問を持っているか、あまり真正面から捉えていない、そんな人が少なからずいること。議論が発展すれば、既成政党の批判と反批判がバトルしかねないことを相互に配慮。既成政党支持にも多様性があって、それをあえて議論の俎上に上げることでの亀裂を回避したい雰囲気。私が勝手に想像すれば、こんな場を感じるので、この手の提起は出ることが少ないのではないかと思っている。
 だが、全く触れないで通り過ぎるのはどうかな、これが私の立場であり、「どの政党どの候補者を支持するかしないかの議論をするつもりはない。しかし、労働法の改悪、悪法の制定はもととより、悪法の改廃もまた国会にゆだねられている。派遣法の廃止か、抜本的改正かの議論をさておくとして、私たちの関心事に違いない。労働局、基準監督署などでの交渉は日常茶飯事であろうが、すべて、法律、政令、省令、通達などに規制されている。現場の闘いと法廷闘争と同時に、国会での動向に注意を払う必要がある。それは、選挙と無縁ではない。私たちの求める法制全般に明るい議員がいるといないとでは、その違いは大きい。」「私が坂喜代子を応援するゆえんは、社民党支持にあるの
ではない。彼女の議員として取り組みたいという、そのものに共感しているからだ」
 という発言も「・・・ということで・・・」で終わった。なかなか「政治談議」の花を咲かせるのは難しい。「老兵たちのフォ-ラム」くらいかな、右から左まで意見が出るのは。

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2009年7月25日 (土)

ピースサイクル、24年目の夏来る!

ようやく準備が整う
  1986年から始まって今年で24年目を迎えるピースサイクル全国運動は、既に全国で始まっている。そして、浜松グループから豊橋公園でこの愛知県にリレーされるのが、明日26日の正午ころである。
  この間、ほとんど豊橋から参加してきた私であるが、今年はどうしても都合がつかず、26日の参加ができないのは残念の極みである。従って、27日、28日のリレーの諸準備を進めてきたが、今日、街宣車から流すスピーチの案文をまとめて、ほぼ準備が整った。
 このスピーチ集は、マイクを握る人の思いもあるから、実際の場では、例文に過ぎないものである。
◆私たちは、広島、長崎に平和メッセージを届けるピースサイクルです。
 東京から広島まで、自転車で平和をリレーするピースサイクルです。
 8月6日は広島、9日は長崎の、原爆の日です。核廃絶の日です。
 世界で唯一の被爆国日本から、核をなくす運動を世界に広めましょう。
◆私たちは、広島、長崎に平和メッセージを届けるピースサイクル愛知ネットです。昨日、静岡県からリレーを受け、明日、岐阜県にリレーします。自転車による、平和のリレーです。今年で24年目です。
◆平和を守るため、わたしたちのできること、それは平和憲法を守り活かすこと、自衛隊を海外に派兵しない政府をつくることです。
◆小牧基地から、C130輸送機のソマリア、ジブチ派遣を止めさせましょう。自衛隊の海外派兵は憲法違反です。
◆非核3原則を変えてはいけません。核の持ち込みを許さず、米軍の撤退を求め、全ての米軍基地をなくしましょう。
◆私たちは全ての「核」の廃絶を訴えます。核兵器だけではありません。
 事故、地震による原子力発電所からの放射能は、人類を滅亡へと追いやります。チェルノブイリ原発事故を忘れてはなりません。
◆大気、土壌、海洋の汚染、熱帯林の伐採など、自然破壊に歯止めをかけましょう。地球温暖化ストップ!省エネルギーのくらし、リサイクル社会を推し進めましょう!
◆設楽ダム建設に反対します。税金の無駄遣いです。奥三河の大自然を破壊させてはなりません。
◆格差・貧困の拡大を許しません。派遣、パートなどの非正規雇用労働をなくしましょう。一人一人が声をあげ、行動に移しましょう。
◆この秋に開催される予定の、航空自衛隊小牧地でのブルーインパルスの展示飛行を止めさせましょう。危険です。無駄です。

◆あなたもピースサイクルに参加しませんか。自転車に乗って、平和を訴えませんか。広島、長崎に平和のメッセージを届けましょう。
 とまあ、こんな具合である。

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2009年7月24日 (金)

保険手続きが変わった

 その背景にそんなことが・・・
  例年に従って、今年のピースサイクル参加者のうち、自転車で参加すると連絡をいただいている方は、全員保険に入って戴くことになっている。既に手続きを終えたが、昨日になって保険屋(代理店)から以下の連絡があった。
 今年の4月から保険取扱いについて、厚労省から指示があり、死亡時の支払い2000万円以上については、個人別に署名と捺印がいるとの通達があった。
 この解釈について保険屋の認識不足で、グループ、団体の場合、責任者の署名、捺印でいいと勘違いしていた。
 そこで、私が申し込んだ当初の保険支払額は2000万円であったため、保険が無効となることが判明。 
 この時点となっては、全員の署名捺印は無理と判断して、2000万円を1000万円に変更して保険手続きを行うこととした。
 余談であるが、なぜそのような変更になったか、その背景を聞いてみると、一つは、最近自殺される方が多くなり、それも負債を抱えていて、保険金で決済しようとするケースが増えてきたこと。また保険金詐欺事件(勝手に保険をかけ、受取人名義を自分にするケース)など犯罪も増えていることなどが背景らしい。
 それらについては、報道などで広く知られているケースではなさそうなので、あまり大っぴらにしたくないことかもしれないが、とんだことで、社会の“暗部”を見た気がした。

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2009年7月23日 (木)

トヨタ自動車本社で申し入れ

 回答を求められると困る?
 去る6月23日の、トヨタ自動車株主総会での、フィリピントヨタ社の争議の早期解決を求める「株主への訴え」の第2弾として設定された、豊田章男新社長宛ての申し入れが、今日の午前、豊田市の本社で行われた。
 代表4人が応接室に入り、総務部統括室のグループ長と面談した。実は毎度のことであるが、トヨタは、「会社の方針として」「この種の申し入れは受け取らない」という態度をとり続けているのだった。
 そこでその頑なな対応の理由を知りたいと、いろいろの角度から伺っていくと、ようやく本音らしい「回答を求められると困るから」という答えが出てきた。
 つまりそれは、受領⇒回答⇒再度の申し入れまたは質問⇒回答という「交渉のテーブル」が出来上がることを避けているということであろう。
 このような発想は会社・経営者の中に多く見受けられる。だから資金のあるところは代理人(弁護士)に任せたり、トヨタのように最初から徹頭徹尾とり合わない、という対応に終始するケースなどがあるのは確かだ。
 しかし、個別の問題として窓口程度でことがおさまっている段階ならまだしも、ILOの基準適用委員会が、フィリピン現地に調査団を送るというような、事態が国際化したこの段階で、なお、従来姿勢に固執するのは、社内の組織に柔軟性が失われつつあるか、問題を解決しようとする人がいないというお寒い状態なのか、あるいは、運動の自然消滅を待つつもりなのか、勘ぐりたくもなる。
 受け取りはしなかったが(そこへ置いていくのは構わない!)、相手のテーブルの上に文書を並べて差し出し、こちらからの読み上げていくと、それに従って文章を目で追っていく様子が見て取れた。最近担当者が変わったということもあっての変化であろうか。

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2009年7月22日 (水)

テレビで皆既日食を観る

  次は26年後だって!
 それほど関心を持っていたわけではなく、興味本位でテレビから皆既日食を観た。
  少し前から皆既日食の解説番組などがあって、部分的に見たりして、基本中の基本程度の知識と、過去の写真なども見ていたから、テレビ中継を見ていてもさして“感動”を覚えなかった。むしろ、このあたりでも部分日食になるだろうから、外が幾らか暗くなるのではないか、そんなことを気にしながらテレビに見入っていた。
 そこでふと思いついて、デジカメでテレビ画面の皆既日食が撮れないかと試みた。ところが、ファインダーをのぞいてみると、観測風景を写していた画面は、動いたり、半分が陰になったりで、撮ったものもブレていて、“やっぱり無理か”とあきらめた。シャッター速度とか、何か技術的なものでカバーできるかもしれないが、その心得もないので、カメラの電源を切った。
 しかし、皆既日食始まる直前の画面が出たので、もう一度デジカメの電源を入れて覗いてみると、今度は画面が固定されたかのようになった。ひょっとしてうまく
撮れるかもしれないと構えて2枚を撮った。
 中継テレビで気がついたことが二つ。一つは、皆既日食が見えるトカラ列島・悪石島に前日から泊まり込んで見ようとした人々も多くいたが、せっかくはるばるやって来ても、これはお天気次第で、雨や曇りでは何ともならない。そうだとしたらがっかりだろう。だが、大型客船のクルーで、南太平洋上から皆既日食を見るツアーがあると知った。
 それも、行く先が固定されているのではなく、皆既日食が観測されるルート上を、気象情報と船長の経験によって、雲の切れ間を求めて蛇行しながら移動するのだという。凄いなあ。
 もう一つは、ルート上の、特に洋上では特に顕著だろうと思うが、日食の間は、水平線上360度「夕焼け現象」が見られるとのことだった。日食そのものはしっかりと見たうえで、昼間でも水星、金星が見えるというのもあるが、何だかこの方が圧巻のような気もしたが、こればかりは、現地でなくては味わえない醍醐味であろう。
 次に皆既日食が見られるのは、26年後のことだそうだが、生きていれば、そして“感動”するほどに気持ち、心が脈動していれば、の話になる。

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2009年7月21日 (火)

プロ野球中継

 中日の立浪内野手と川原投手
 食事後、お目当てなく見るテレビを「だらだらテレビ」と呼んで蔑んでいる。
 夜の8時過ぎだったであろうか、それとも8時半ころであったろうか、チャンネルを一巡させたら、中日×広島戦にぶつかった。
 最初の画面は、中日の森野がスリーランホームランを打ってベンチに戻ってきた6回裏の場面であった。リードしているのか、巻き返しの一打だったのかわからないまま、食器洗いのわずかな時間、目を離したら、ブランコがソロホームランを打って、同点となったことを知った。何だ4点もリードされていたのか、先発は誰だ?
 暫くしてテレビの前に座って見始めると、いつの間にかランナー二人を置いて、ピンチヒッターに立浪がコールされるところだった。今シーズン限りで引退を表明している立浪であるが、ここ一番、代打の切り札として、しばしばタイムリーなヒットを打っている。広島の何とかいう外国人監督は、ピッチャー交代を告げ、左の青木某を起用するかと思ったら、右の青木某をマウンドに送った。「左打者には左投手がセオリー」だが、立浪が左投手をよく打っていることから、あえて右の青木を送ったらしい。(解説者の話から)
 立浪は2球目だったか、私には絶好球と見えた球を見送った。「うん?」と思ったが、そのあとの球を振り抜いて2者を帰す勝ち越し2塁打を放ったのであった。テレビ席とはいえ、こういう場面を見ることができて、“ナゴヤドームでは見られんのになあ”と一人つぶやいていた。
 7回の表から3人目の川原がマウンドに上がった。このピッチャーは元巨人の選手で、昨年1年間を“浪人”をして、今期中日に入団した話題の投手だ。中継ぎ1イニング、それもきわどい場面で堂々の役割を果たしてきた。特に、このあと8回を任される浅尾投手と並んで、先発は5回か6回まで、そのあとは7回川原、8回浅尾、9回岩瀬という「必勝パターン」を構成して、セ・パ交流戦後の、中日の好調を支えている貴重な存在となった。
 その川原は、7回の3人の打者に対して、いずれも0-3から2-3となって、そのあと凡打に討ち取った。
 勝ち越した次のイニングは重要で、3者凡退で討ち取ることがリリーフピッチャーの役割といわれるから、川原にはそれなりのプレッシャーもあったであろう。それがノースリーとなってから討ち取る、それも3人同じパターンで。観戦しているファンにとっては、前の回の立浪の一打の興奮もあって、たまらないこの日のゲームであったに違いない。
 まあ、テレビであれ、こんな場面は、あまり見ることはない。そういえば、中日の広野が「代打、逆転、満塁、サヨウナラホームラン」を打ったのはいつのことだったろう。

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なんであれ、解散総選挙なのだ

 選挙を楽しむ、不謹慎か。
 多分、多くの人が思い浮かべたに違いない。「小泉は、自民党をぶっ壊すといったが、自民党の独裁的政権をつくってしまった。本当にぶっ壊しそうなのが麻生だ」と。麻生首相は「ぶっ壊す」とは言っていないから、政治家は「言行不一致」が身上なのであろうか。
 それはともかく、「衆議院の解散」のこの日は、明日の、何十年かに一度の「皆既日食」に話題性を奪われがちだが、わずか6分余りの日食と違って、候補者、支援者、マスコミ関係者などは、投票日まで40日間、気の抜けない日々が続くことになろう。
 では私たち有権者は、高みの見物で、暑い時は日陰で涼をとり、夕立が来れば、風鈴の音に耳を傾けながら、遠雷を聞いていればいいのだろうか。それもいいに違いない。増税に苦しめられている毎日であれば、せめて、この時だけは、つかの間の「天国と地獄」を入れ替えてもらおう。
 とはいえ、政治や社会の出来事に全く興味をもたないとか、ゼニ勘定ばかりに気が行っている人にとっては、天国も地獄もないであろう。何も変わらない昨日、今日、明日かもしれない。
 私は、新聞記事のような感想ではない、問い返しと、視点の違いを求めて、今立っているこの地点から何かを書きとめられないものか、と思っている。それがなんになる、と問われれば、「選挙を楽しむため」だと言おうと思う。

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2009年7月20日 (月)

さて総選挙だな

 政権交代、少数政党の頑張りに期待
 社民党・比例東海の坂喜代子候補にエールを送ってきて、5月には2回街宣車にも乗ったが、それ以後、時間が取れないこともあって、接触することはなかった。
  昨日の集会で、坂候補の元気な顔を拝見して安心したが、これまでの運動の流れをメールで知る限り、この先選挙事務所は県連本部、移動事務所は考えていない、ということで、ほぼ党が主導的に運動を進める体制が整ったようだ。ただ選挙母体は「坂喜代子と格差のない社会をめざす会」という後援会になるとのこと(実務も後援会事務所)だが、その後援会自体は、陣容においてあまり変化がなさそうで、もう一回り大きくしないと、とても及ばないが、結局、社民党系の地方議員が主体の体制で進むことになりそうだ。やむを得ないだろう。
  だがこれは、数少ない地方議員が、地元に張り付いて選挙戦を闘う機会を奪いかねないという点では、多少のジレンマが生ずる。やはり、無党派・市民派の地方議員の大いなる力(支援)が必要だ。市民運動の領域では、必ずしも評価されているとは言えない社民党であるから、かなりの努力を要する。それは、「社民党的体質」が強く出過ぎると難しくなる、もう一つのジレンマでもあろうか。
  さて、これまでブログにアップして来た、総選挙関連記事をまとめて「C&Lリンクス愛知」の第53号を、7月21日付で出すことにして、先ほどプリントアウトした。
  今年に入ってからの地方選挙の結果から考え、麻生首相をめぐるこの間の、自民党内のごたごたは、政権政党の体をなしていない、小沢一郎と代わった鳩山由紀夫代表も、政治資金に疑惑をもたれ、民主党盤石といえるかどうか。
  確かに、今度の選挙で「景気対策をしてくれ」という声もあるが、それと政権交代・民主党主導の政権とどうかかわるのか。有権者の判断のもとになるものは結局何なのか。前回の「郵政民営化選挙」というほどの(小泉首相が仕掛けた)明確の争点もない。それも小泉の「顔」で選んだのではなかろうかという有権者は、今度は「顔でも政策でもない、政権交代そのものの是非」で選ぶのではないか、これが私の現地点での見解である。
  民主党の勝利は間違いないとして、社民党、共産党などの少数政党が、埋没してしまうのもこの多様な社会ではいいことではない。
  そんなことをまとめての、8ページの号であるが、私自身は、政権交代、そして少数政党の頑張りに期待するということになる。実質的な選挙運動への参加は、限定したものになろう。

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2009年7月19日 (日)

坂喜代子告示前最大のイベント

 福島党首を迎え、リレートーク
 21日の衆議院解散、8月12日告示、30日投票という日程が固まった。
 4月29日に後援会を発足させて選挙運動を進めてきた社民党・比例東海の坂喜代子候補は、数は少ないが社民党の地方議員の活動が本格化して、それなりの選挙態勢が出来上がったようだ。
 それを見せたのが、今日、東海市で開催された社民党主催、「坂喜代子と格差のない社会をめざす会」協力による「政治を変える」リレートーク、という集会であった。
 110の椅子席は満席で回りに立っての参加20人ほど、関係者を入れて150人ほどの参加であったが、壇上には、社民党の福島みずほ党首、坂喜代子予定候補、小沢明美浜松市議、山としひろ江南市議、榊原杏子豊明市議、稲森としなお伊賀市議が並び、司会は山盛三千枝豊明市議(無所属)が取り仕切った。
 会場の大半は地元の人のように見受けた。年齢層から見て、旧社会党支持者かもしれなかった。
 集会は、福島党首の話から始まり、最近の国会状況の話では「麻生総理はいったい何がしたいのかさっぱりわからなかった。わかったことといえば、1日でも長く総理大臣でいたいこと、自分の手で解散したかったことだけ」と皮肉った。今度の選挙の目標では、まず与野党逆転の政権交代にあるが、鳩山代表の発言にみられるように「民主党の独り勝ち」は危険だ。社民党が議席を伸ばして、連立政権の中で、平和問題と、貧困・格差問題などくらしの問題をしっかり打ちたてなければならない、と強調した。いかにもまっすぐな論調であった。
 坂予定候補は、主としてパート労働者としての処遇、格差、闘いの経験をもとに、現場を知る者が国会の場で、それにふさわしい法律を作る活動が、自分に課せられた、そして自分が求める、立候補の目的だったと話した。
 話を聞いていて、以前に比べうまくなって、不安を感じることはなくなったが、次には、労働相談を受けるのとは違う「政治家の貌(かお)」をもってもらいたいと思った。それは、「労働、くらし、子育て、教育」という生活者の論理をきっちりと抑えながら、この国のかたち、行方を理想論でもいいから指し示すことだと思う。簡単にいえば、国会に出るともなれば、「くらし」「地域」「国政・国際」を一体的なものとして提示することであろうと思う。
 質疑のところで、北欧での社会福祉政策の例が引き合いに出されたが、それを日本に置き換えるとどうなるのか。政権交代すればそれで何とかなるのか、予算措置を講ずればよいのか、それだけでないとすれば何をどう考えればいいのか。そんな中身にも触れてほしかったが、時間的制限もあって、深まりに欠けたことは否めない。
 質疑で私は手を上げたが、指名されなかった。しかし、そこで意見・質問として用意したのが、(時間があれば)民主党中心の政権誕生を前提に、社民党は連立政権の中でキュスティングボートを握って、政策参加をめざす方向はいいとして、「大(中)連立」という政界再編という荒波が来れば、「社共公」は政権外に放り出されることになろう。その時、社民党の立ち位置が問われる。社民党の地方組織の弱体を見るとき、この選挙で議席を伸ばすと同時に、活動的な地方、地域組織をつくる方針を意識的に立てるべきではないか。
 (本論から入るなら)これまでの話は、政府・政権は、あるいは自治体は、くらし・労働、貧困・格差、福祉・教育などについて、何を、どのような方法で、どうすべきか、どう応えるべきかに重点が置かれているが、果たして私たちは、そのような受け手ばかりで居ていいのだろうか。かつてケネディ―アメリカ大統領は、その就任演説の中で「・・・国があなたのために何をしてくれるかを、問うだけでなく、あなたが国のために何ができるかを考えてください」というようなことを語ったが、社民党の関係者も、ここに参加している私も含めて、「くらしをどう良くしてくれるのか」ばかりでなく、「平和のために何ができるのか」「日々のくらしの中において、働き方、エコロジー、ボランティア、食、文化、家族」など、どんな生活スタイルがいいと考え、実行していくかを自問自答する必要はあるのではないか。
 坂さんが、くらしの中の食生活や、文化活動を重視し、アジアの人たちの交流にも目を向けている姿勢を評価したい。それゆえ「社民党的生活スタイル」があれば見てみたい気がする。なければ「ねばならない主義」ではないスタイルを議論だけでもしてほしいと考える。
 私は、それは政治スローガンと両輪をなすものだという気がしているがどうか…。
 (ちょっと明快性に欠けるかな、別の機会にも・・・)

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2009年7月18日 (土)

最低賃金について

 政策の拾い読み、走り書き・2
 昨日はたまたま「インド洋上の給油活動」について書いたが、今後、選挙について触れれば、政策的話題も多いだろうから、「政策の拾い読み、走り書き」としてメモか思考材料にして行こうと思う。今日はその2回目として、「最低賃金」について考えてみたい。
 そもそもの解説は抜きにして、第一に思い浮かべるのはやはり「最低賃金」として保証される金額と「生活保護費」とを見比べたらどうなるか、という点である。この両者「似て非なるもの」という気がしないでもないので、どんな関係性があるのか、あるいはないのかも考えてみたい。
 最低賃金の全国平均が、最近の統計では703円(愛知県は731円)といわれるから、単純に1日8時間、1か月25日労働(週休1日)で、総額14万円余となる。1日1時間の残業で約2、2万円のプラス、1日10時間労働で月額約18、4万円となる。ちなみに高卒の初任給は、15万円余り、大卒初任給は20万円くらいという。
 最低賃金といっても、年齢とか仕事別(産業別)とか地域性(地域別)もあるから一概に言えないが、それらをトータルしての「最低」ということであるから、適正額がどのあたりとは決めるのはなかなか難しいだろう。
 民主党のマニフェストには「最賃1000円」が盛り込まれるそうだが、産業界は反対している。その産業界の反対は、賃金コストが利益を圧迫することが第一としてあるが、右肩上がりの経済成長の時はそうは言えても、営業損益がトントンとか赤字では、人員削減か倒産、閉鎖を余儀なくされ、高い賃金設定はかえって失業者を増大させると主張する。ある元経営者は「最低賃金制度は、社会主義制度である。中小企業はやっていけない」と言い切ったことを覚えているが、本音といえば本音であろう。
 さて、どう結論付けようか。まず、産業別統一賃金とか、職能別統一賃金といったような、模索されている段階の新たな賃金制度は別に考えるとして、金額設定はともかく「最低賃金の設定」は必要である。そして適用範囲の除外は厳密にして厳正に対処する必要がある。
 とすると、金額設定をどうするかに行き着く。ここで「最低」の意味が浮上する。資本家のいう「労働生産性に見合う賃金」という発想より、「健康で文化的な最低生活」を営むことができる金額設定が優先する発想となって、ようやく、「生活保護費」との整合性が出てくる。
 では、法的な規制がかかっても支払いができない企業は、市場原理による倒産というより、社会制度倒産となってしまうケースも出てこようが、それは容認するのか、あるいは、何らかの「政策的保障」を政府が行うのか、というところに絞り込まれるのではないか。
 最賃制度論争は、金額を示すことでわかりやすいとも言えるが、政権にとっては、市場原理主義、新自由主義に迎合、選択するのか、福祉社会国家像を求めるのかという大きな前提の上に立って、国家予算の配分に知恵を絞ることになるのではないか。ここのところが「最賃1000円」というもの、社会的セーフティーネットと中小零細企業対策の両立を目指す民主党の説明不足といえるのではないだろうか。

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2009年7月17日 (金)

政権の引き継ぎに思う

前政権の“遺産”は引き継ぐことになる
 今朝の新聞報道によれば、民主党は、海上自衛隊のインド洋における給油活動を、特措法の期限が切れる来年1月15日までは認めるという方針に転換したという。
 ここで私は二つのことを考えた。一つは選挙直前の、この時期の政策転換の是非である。党の方針としての是非だけを問えば、選挙前であるから是非もない。その新たな政策を有権者が選択するだけのことである。むしろ問題は、対米政策、自衛隊の位置付けを含む日本の安全保障と外交政策に“ブレ”があるのか、あるいは定まっていないのかという「政策信頼度」の問題ではないかと思う。
 また政権担当が現実的になってきた段階で、これまでの政策が変化して、現政権の政策に近づくことは、一概に政策転換とは言い切れない。革命的、軍事的政権交代と違って、国としての政治体制それ自体が引き継がれる以上、一定期間は、前政権の正反両方の“遺産”については引き継がざるを得ないのだ。つまり、“リレーゾーン”内のことは、許容範囲でもあるいう見方をしないと、政権交代の醍醐味が希薄になりかねない。だから、基本政策そのものの変化かどうかを見極める必要がある。
 次に、民主党と連立政権をめざす社民党と国民新党の立場であるが、特に社民党の立場は微妙であろう。社民党の内部も一枚岩ではないから一概に言えないが、「護憲政党」だけは1枚看板である。それからすれば、選挙前であれば一層「アメリカの艦船などへの給油活動」それ自体を憲法違反とする立場であろうから、到底認められない。では、この時点で拒否の態度を鮮明にするのか、あるいは「基本的には反対だが、政権交代実現が最優先である。連立政権の実現の暁には、明確に給油活動打ち切りを主張する。入れられなければ、連立政権離脱も」という先送りにするかが迫られるであろう。
 言うまでもなく、民主党が衆院選で勝利して、単独であれ、現野党との連立であれ、政権の座についたとしても、参議院では過半数に4議席足りないから、社民党、国民新党の存在感があるといえる。その限りでは、社民党が党の政策を前面に出して、民主党と渡り合うことができるだろう。
  問題は、選挙後の「政界再編」という流動現象が起きた場合の社民党の立場である。この場合の「政界再編」とは、端的にいえば「社共公」を除く再編であるといっていいのではないか。社民党の立場が微妙なのはこのことである。
  これは私の勝手な想像であるが、多分社民党の中は、政権交代をめざし、連立政権に参加する意思は確認できても、“政権を引き継ぐ”という発想に乏しく、“与党内野党”をもって、党の矜持を保とうとする空気があるのではないか、という気がするのである。それも選択肢の一つであるから否定はしない。だがそれを政界再編の中で屹立させようというのは至難の業である。政界再編の渦中で総分解の危険すらある。
  いずれにしても、派閥の領袖が闊歩して、大親分よろしく一声でことが決まる時代ではなくなった。“政争のマグマ”というほどの迫力はないが、“大混乱の噴出”であればこそ、歴史的とも言えるこの政権交代をドラマチックに、台風一過のごとく、さわやかな初秋の空を見せてもらいたいものである。

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2009年7月16日 (木)

日常的なこと3題

 いろいろあります。書きとめました。
 その1
 趣味というほどでもないが、切手収集の心得がある。時々郵便局に行っては購入するのだが、郵政民営化の進む最近では、郵便振り込みに行った折りに、新切手やグッズの類を勧められることもある。
 先日も7月23日に、300円切手(新たな簡易書留の特殊取扱料金)の通常切手が発売になるとのことで紹介された。特殊切手やふるさと切手と違い、金剛峯寺恵喜童子像(こんごうぶじえきどうじぞう)という、これまでの切手に似たもので面白みも少ないものを、敢えて勧める姿勢に変化を感じた。高額の部類で、通常では使うことが少ないことを見込んで、少しでも「マニア」に買ってもらおうという営業活動である。しかも窓口に局長が出てくることも最近の特徴で、こちらもつい「カラーマークのついた上10枚もらうね」安請負してしまった。
 その2
 近くのコンビニで「メール便」を出すことが多い。A4サイズの封筒に厚さ1センチまでの書類、書籍を入れても80円。2センチまでは160円だから、日本郵政とは格段の差がある。欠点は転居先へ転送されないこと、やや日数がかかること。それと窓口での手続きに時間がかることであろうか。
 先日も20通ほど持ち込んだのだが、15分はかかったであろうか。だがよく見ていると、店員によってレジの打ち込み方に違いがあって、半分ほどの速さで済ませる人もいることに気がついた。手順ははっきり覚えていないが、手渡されたレシートは同じようなものだったから、やり方が統一していないか、早くレジを打った人は、その方法を発見したのかもしれない。
 「もっと早くレジを打つ方法があるようだから、お互い研究してみたら?」と声をかけたら、その男性の店員は、私にラベルの束を渡して「信書でないチェックと日付を入れて持ってきてください」というのである。なるほど、それも早く片付く一方法かもしれないが、私に作業の一つを移管しただけである。
 その3
 一昨日のこと。スーパーマーケットに買い物に行ったところ、入口近くに置いてある、店の買い物かご(バスケット)を裏返しにして腰かけているご老人がおられた。疲れたか人待ちのためか、「ちょうどいいや」とでも思って気軽に使ったかもしれないが、私には「非常識」に思えた。そこで「ちょっと、それみんなが使う買い物かごでしょ、腰かけに使うものではないよ」と声を掛けたら、「座るとこがない」「他にいくらでもある」という言い訳が返ってきた。「それねえ、食べ物を入れものですよ」と、もう一声かけてひとまず退いた。
 店内を一回りしながら、もしやめていないなら店員に告げようと思って、元の場所を覗いてみたら、そのご老人はいなかった。
 実は、そのご老人がおられた場所は、レジとサービスカウンターから見える場所であった。見て見ないふりをしたのであろうか、店員といえども「関わりたくない」と。

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2009年7月15日 (水)

選挙は顔・表紙か中身・政策か

  有権者は政権交代を望んでいる
 麻生総理が“予告解散”に打って出て、8月30日投開票と決まったが、自民党内では“麻生おろし”の動きが続いているという。
 野党提出の「内閣不信任案」が、与党議員全員の反対で否決され、麻生内閣は“信任”されたことになるから、常識的にいえば、自民党議員は麻生総理・総裁のもとで、総選挙を闘うことになるのだが、「麻生では選挙は闘えない。人心を一新して選挙に臨むべきだ」との声が、反麻生議員を中心に未だ沈静化していない。
 麻生擁護派は、「この期に及んで表紙を変えたからどうこうなるものでもない。政策そのもので有権者に問うべきだ」と至極、まっとうなことを言っているが、なんか白々しい。というのも、そもそも福田が政権を投げ出したとき、「選挙の顔」として麻生を選んだのではなかったか。だから解散総選挙は、すぐにでも行われるというのが永田町も報道も、そして私たちの受け止め方だった。
 それがいつの間にか「経済対策、景気対策」優先といいながら、小泉構造改革路線の修復も示せず、補正予算の成立も遅れ、「定額給付金」「エコポイント」という一過性のばらまきのみ。G8サミットなど外交での点稼ぎも失敗、内閣改造、党役員人事にも失敗。総じて麻生内閣の政策そのものの失敗が今日の実態である。
 麻生擁護派は、「顔より中身」とはいっているが、実際は「顔」が大きなウエイトを占めていることは百も承知で言っているのだ。仮に麻生に代わりうる、圧倒的人気の人物がいるならとっくにすげ替えていたであろう。古賀選対委員長が東国原宮崎県知事擁立に動いたのも、舛添厚労相の名が浮上したのも、そのような動きの一つであった。
 だが、さして違わないというなら、土壇場で「顔」をかえて、ドタバタ劇を演じて飽きられるよりも、繕ってでも「一致結束」「腐っても鯛」を見せる方がいいと踏んだだけに過ぎない。
 さて、主導権を与えられた私たち有権者はどうであろうか。
  選挙による政権交代という、政治史上画期をなすこの選挙を前にして、当然ながら「民主党を中心とした新たな政権」の政策に期待すること大である。だが、各党のマニフェストが出そろったからといって、それを読み込み、比較検討して判断材料にする有権者は少ないのではないか。「政権交代先にありき」が批判されるが、現政権がダメなら、いいも悪いも、他にやらせてみたいと思うのは当然の成り行きである。
  とすれば、「麻生はダメだが、かといって鳩山もどうも」という気持ちもないではないが、鳩山か岡田か小沢かを選べる立場にない以上、「民主党の顔」にさして重きを置かない、というのが落ち着く先ではなかろうか。
  もっとも私は、政党や選挙の「顔」重視派である。それは、単に人気があるかどうかではなく、その顔に刻まれた政治家として「しわ」を観てのことである。
  歴代の首相で、私の記憶に残るのは、三木武夫と中曽根康弘である。あの右翼丸出しの中曽根を政治家としてみた場合、「思慮深さ」と「党内少数派での頑張り」には惹かれるのである。その点では同じ自民党系列の三木は、“政治(家)は汚い”といわれる中では、清廉潔白の部類であったろう。そしてこの二人が、田中内閣、ロッキード事件などででは、同じような立場にあったことも、私の中では符合する。
  前回選挙で小泉という「顔」で選んだのではなかろうかという有権者は、今度は「顔でも政策でもない、政権交代そのものの是非」で選ぶのではないか、これが私の現地点での見解である。

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2009年7月14日 (火)

衆議院解散総選挙スタート

 47日間の選挙戦始まる
 今日14日を改めて総選挙のスタートとすると、8月29日まで47日間となる。候補者も応援団も、そして家族もこの猛暑の中で、日焼けして黒くなるまで街頭に立ち、声の涸れるまで政策を訴え、足が棒になるまでチラシを配り、そして精も根もお金も尽き果てるまで、突っ込んでいくことになろう。まさに“戦(いくさ)”である。
 私は8月2日を“Xデー”とした。その根拠は、8月末では、いかにも麻生内閣は追い込まれた、投げやり選挙に受け取られかねない。いっそのこと任期満了ということになれば、3人続いて選挙で信任を受けない総理大臣という“汚名”着て選挙に臨まねばならない。やはり、お盆前の9日か2日ということになるだろうと。
 しかし麻生首相や周辺の、都議選の結果を見てから決断するという状況になって2日説は消えた。選挙管理事務上の問題もあるが、都議選に全力を投入していた公明党や東京選挙区の与党候補者にとっては、一息入れることのできないハードな選挙で、ただでさえ逆風の中、文字通り体力負けが見えてきてしまうからだ。
 補正予算などの景気浮揚策の効果が表れるのを待つとすれば、選挙は遅ければ遅いほどよいというのが首相周辺の進言だったらしいから、30日はそれなりに妥当な日程だったに違いないが、裏返せば麻生首相に解散の主導権はなかったという説は、その通りだと思う。
 では自民党は、このまま麻生を党の顔として選挙に臨むことで党内は結束できるだろうか。「麻生では闘えない」という悲鳴に近い声もあるようだが、それはもはや“時間切れ”で、このまま行くしかないだろう。
 この場合、形勢不利とみて、戦場から離脱するか、寝返るか(新党結成、あるいは民主との大連立を吹聴)、それとも忠義を尽くして討ち死覚悟で敵の包囲網へ突っ込んで活路を見出すか。それは自民党という陣営、麻生という総大将のもとで戦をするのではなく、武士の一分ならぬ政治家の一分として果てる覚悟、ということだ。そんな覚悟というか見識がまだあるとすれば、有権者の一部をつなぎとめることもできるかもしれないが、いまさら「武士道」もどきものは、逆に有権者には希薄であろうから、姿勢正しき議員がいるとすれば、進退極まる、ということかもしれない。
 多分自民党の中には、こういう議員も少しはいるだろうから、「政権交代」の大波にのまれ消えてほしくはないが、そうした足元の状況を作り出したのも自分という、断ち難い思いもあるに違いない。
 要は、マスコミがどう書き、何を垂れ流そうが、選択するに賢く、状況をよくよく見て判断して、一票を投ずる有権者になりたいものだ、ということである。

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2009年7月13日 (月)

東京都議会議員選挙

  “自立派”候補の結果に思う
 都議会議員選挙の結果は見ての通りで、国政での政権交代を是認し、高慢、傲慢に思っていた石原都知事に打撃を与えた意味では、歓迎すべき結果であったと思う。
 だが、マスコミが伝える国政選挙の前哨戦という認識は、表向きにはあっても実際面ではやはり都政をどうするかということを、どの候補者も考え、持っていただろうと思う。選挙においてそのような視点が欠落して、ある時は「小泉郵政選挙」で大きくぶれ、今回は政権交代ということで大きくぶれる有権者の投票行動だとすると、それはそれで“いいのかな”という思いがないわけではない。
 民主党、自民党、公明党の各候補が当選の大半を占め、共産党、生活者ネットが議席を減らし、社民党は議席を回復できなかった。
 選挙前までは、民主党都議団は石原都政の「与党」といわれていたというから、「少数派野党」の後退は、「オール与党の弊害」を加速するもので歓迎できない。だが、民主党自身が、「築地魚市場移転問題」「新東京銀行問題」で石原都政と対決する構図を見せ、しがらみのない若い新人議員の当選で、石原都政では野党の立場をとるであろうから、以前とは同じとはいえない、ともいえる。そこに他県のことながら、東京都政に注目もし、期待もしたいのである。
 もともと私の立場は「2大政党論・政権交代」に関心のウエートが大きいわけでなく、「第3極・無党派自立」議員・市民派の活躍にこそ期待と関心を持ってきたから、今回の都議会議員選挙の「総論」では結果よしで、少数派の後退はちょっと残念という感想。
 ただ、杉並選挙区から無所属で3期の現職福士敬子(ふくしよしこ)さんが、苦しい選挙戦を強いられながら、再選を果たしたのはよかった。

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2009年7月12日 (日)

四季雑談の会「夏席Ⅱ」

 原発&放射線照射食品
 講師としてお招きした河田昌東さんは、原発問題、放射線照射食品問題、そして遺伝子組み換え生物の問題に関しては、この地域では第1人者であると、私は思っている。
 そういう意味でいえば、こうしたお話を聞く機会に7~8人ではもったいない気がしてならないが、お話を聞いていてやっぱり、不明、疑問についてきちんと答えてくれるのでほんとによかったと思った。
 原子力発電所の、現在的な問題を、率直に聞きたいと以下の項目を用意した。
1)地球温暖化の問題で、「クリーンエネルギー」として、原発が見直されているといわれていますが、そのまま受け止めていいのでしょうか。
2)原発反対といいますが、原発が稼働しなくなったら、日本のエネルギーが不足して、家庭での停電や、産業に大きな影響を及ぼすのではありませんか。
3)日本は地震国ですね。原発が地震に見舞われても、「安全」であると国(原子力安全・保安院)も電力会社も言っていますが、私たちは安心していていいのですね。
4)チェルノブイリ原発事故って、どんな被害だったのですか?今はどうなっているのですか?放射能で汚染された地域はどのくらいの範囲ですか?そこにはもう住めないのですか?放射能を取り除く技術はないのですか。
5)原発に関する現在的な「深刻な問題」とは、何ですか。
 この中では、チェルノブイリ原発事故とその後、そして現在、未来の話がとてもリアルで、最先端で、幾らか希望すら感じさせるもので、放射能汚染という絶望的な空想未来と、生きている人間の「死生観」とが交差して、話が思わぬ方向に行ったりした。
 汚染土壌に菜種をまいて、土壌中の水分に溶け込んだセシウム、ストロンチュームなどの放射性物質を吸い上げ、そこから採れる菜種油をバイオエタノールとしてエネルギー源にする発電、自動車用燃料として活用、絞り取った菜の花の茎や葉を処理してメタンガスを取り出し、最後に残った放射性物質を含んだカスを乾燥させて固形化して、廃炉となったチェルノブイリ原発の跡地に埋設するというサイクルを完成させる努力が続いているという話は、その当事者から聞くなど、どこでも聞ける話ではないのであった。
 放射線照射食品については以下の設問をした。
1)そもそも「放射線照射食品」とはどういうことなのですか。
2)私たちの食卓に上がってくるものに、具体的にはどんな食品があるのですか。
3)「放射線照射食品」を摂り続けると、何か健康障害が起きるのですか?
4)厚生労働省では、ちゃんと監視したり、安全性を確かめているのでしょうね。
5)スーパーなどで「放射線照射食品」を見分ける、何かマークでもあるのですか。
 ここでは北海道士幌農協でのジャガイモに対する放射線照射のお話と、輸入されるスパイスの例について紹介された。また、食品となる肉類、野菜などに放射線を当てることによって変化が起きることがわかっており、現時点ではここまでであるが、アメリカでは主に「食中毒」対策としての放射線照射が既にいくつかの食品になされているということである。いずれそれらが輸入されないとは限らない、という。
 アメリカと日本では食品の衛生管理、システムに違いがあり過ぎるが、食品の物流過程における商品劣化、汚染、腐敗防止だけの放射線照射であるなら、その対応策の一つは「地産地消」であろう。

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2009年7月11日 (土)

続・APWSL日本委員会の総会

  海外の動きを知る機会にはなったが・・・
 最初の報告は、台湾の労働事情で「台湾での新たな労働運動の台頭/台湾版「派遣法」との闘いのなかで」というもので、去る6月、台湾・台中市での「全国自主労工聯盟」の会員代表大会に参加した人から大会の様子と、台湾には「派遣法」がないので、これから作ろうという段階である、しかし、それは派遣労働、請負、受託といった非正規雇用そのものがないのではなく、実際はかなりあって、それがひどい故に派遣法を制定しようという動きということらしい。それなのに、招かれた日本の代表が、「派遣村」の話などをしたところ、「それはひどい!日本は先進国だと思っていたのに」「そんな前近代的な・・・」という驚きの声が出たというから、日本のひどさは台湾以上、ということになる。実際、そのあとの幾つかの国内報告では、それを裏付けるような「ひどい」話の実例が報告されていた。
 次に「派遣切りと闘う日系南米人/ゼネラルユニオン南米支部結成の経過」の話も、実際の闘いの話であるから、かなりリアリティーなものであった。ポルトガル語、スペイン語の世界であり、それぞれのお国柄もあり、そうした人たちの派遣切り、雇い止めに対する会社交渉、労働局交渉、その上「生活保護申請」あるいは、入管(名古屋)との折衝までの支援は、聞いているだけ身が細くなる感じさえした話であった。
 名古屋ふれあいユニオンの酒井運営委員長の「今、トヨタの足下で/下請け外国人の労働者たちの現況」の話は、既に聞いている話ではあったが、上記二つの話が重なると、その深刻さが色濃く出てきた感じがした。
 それを図式でいえば、日本の労働現場の最底辺は「中国人、ベトナム人、フィリピン人、インドネシア人の研修生」といわれる「労基法の適用外」の層があって、低賃金、長時間労働、人権侵害、セクハラなど何でもありの「奴隷労働」世界があって、それよりはまだましかといわれるのが「日系ブラジル人」の人たち。この層は「3K職場の担い手」とも言われ、ひどい待遇が明らかになったのはそう古い話ではない。その日系ブラジル人の人たちも今や「お払い箱」で、「外国人研修生」に取って代わられるか、ブラジルに「30万円」の手切れ金で帰されているという。
 その日系ブラジルよりはるかにましといわれてきた日本人の「派遣、請負、パート」などの非正規雇用労働者が、全国で何十万人もの首が切られた昨今の現実がある。こうなると、正規職の労働者すら、その雇用は安泰ではなくなってきている・・・。
 ところでもう一つ衝撃的な話は、外国人研修生の問題で、とにかく不当な扱いから解放させ、然るべき物も取り返し、無事帰国させることができたとして、帰国した先のことまではこの日本からは手が及ばないということのようだ。何が及ばないか、例えば、日本に来る時に(借金して作った)担保として支払った高額の保証金が、現地の悪徳ブローカーに難くせをつけられ返却されないケースとか、“マフィアのような組合にかかわった”とかのデマを飛ばされるとかの被害についてである。これらは現地の良心的な組合とか人権派の弁護士に頼るしかないが、ともすれば労働者の日本への出稼ぎは、現地の国にとって国内の余剰労働力の輸出であり、外貨獲得の手段でもあるから、それらの取り締まりには及び腰であり、受け入れ先の企業には頭が上がらない、という現実もあるのだという。
 これらの話そのものはわかるが、聞けば聞くほどどう整理すればいいのかわからなくなる。自分の立ち位置が浮遊状態になる感じは否めないのである。

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2009年7月10日 (金)

駄菓子を買う

四季雑談の会の茶菓子
 四季雑談の会の第7回「夏席Ⅱ」は、12日に開催されるが、その茶席に用意するお菓子は、これまで季節のものを用意してきた。しかし
今回は、昭和の「駄菓子」にすることとし、途中下車した覚王山・日泰寺参道にある駄菓子屋に飛び込んで数種類を買い求めた。
 まず目についたのは、黒砂糖蜜にからめられた「黒棒」で、サクサクして黒砂糖の甘さが懐かしく思い出されるであろう。次に「カルメ焼き」(ここらあたりでは“カルメントウ”と呼んでいた)だが、家でもつくっていた形、お玉の半球形ではなく、六角形であった。見た目にも、昔のものは“骨粗鬆症”のようなガサガサであったが、現在のもはかなり身が締まっている感じであった。
 もう一つ、名前がわからなかったが、ビスケットの一種で、小指大でこけしの形をしたものも購入。そして、色とりどりの金平糖と南国・ボンタンアメの5種類。全部甘いものばかりであった。他にもいろいろあったが、次回にまわすことにした。
 さて、買う前も気にはしていたが、この時代のものの多くは、いろんな添加物が入っていて、特に着色用色素については、その後禁止されたものも少なくなく、ラベルを見ながら買ったのであるが、全く、ラベルのないものもあって、それ自体が問題ではあると感じた。しかし、当日、気にして手を出さない方もいるかもしれない、と思いつつ、見るだけでもいいから、懐かしく楽しんでもらうことにした。

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2009年7月 9日 (木)

APWSL日本委員会総会

  大阪へ行けるかな
 それで、その総会が11日の午後から大阪で開催される予定だ。愛知から私一人が代表していくことになっているが、突然、家庭の事情が生じて、参加できるかどうか微妙になってきた。
 しかし、報告すべきことは文書だけでも届けねばならない。郵便で送るにはちょっと遅いかもしれない。とりあえず報告書を作成し印刷しなければならない。
 前書きをこんな風に書いてみた。
  ・・・昨年の第19回総会を愛知県(東海市)に招致して早や1年になりました。
 2008年から2009年にかけての、世界的な大きな出来事といえば、「米リーマン・ブラザースの経営破綻に端を発する金融危機」「アメリカ大統領にオバマ氏就任」に尽きるでしょうが、中国の躍進(拡大政策)、中東、中南米の動きは、B面にあっても、見逃すことができない動きではないでしょうか。
 さてこれらが、世界の、そしてアジア・太平洋地域の労働者にどんな影響を与えているか、という目線を私たちは外してはならないと思います。
 昨年暮れの「派遣村」は、潜在的にあった「労働者の雇用、働き方」だけでなく、「存在そのもの、生き方」さらには、「社会と未来」への向き合い方まで、明らかにし、問うたのではないでしょうか。
 海外に目をやれば、あの民主労総の内部問題が、非正規雇用労働者が6割以上ともいわれる韓国の労働運動にどんな影響を及ぼしているのでしょうか。伝えられる台湾の労働争議のその後と全体像はどうなのでしょう。中国のそれはもっと部分的かもしれません。
 香港、タイ、マレーシア、インド、インドネシアなどに較べれば、フィリピントヨタ労組(TMPCWA)の闘いを伝える支援の会の情報は、他地域よりは豊富でしょうが、それとてフィリピン全体を伝えているわけではありません。
 このようにして、APWSLの位置からするアジア・太平洋地域の労働運動、労働者のくらし・文化を伝える作業は、限りなくあるでしょう。あるいは情報だけでなく、支援・連帯の場も少なくありません。
 私たちが、APWSL愛知を立ち上げて1年、足元の運動もままならないまま、果てしない海原を見るようで、針路を「トヨタ」に向けつつ、まるで前時代の櫓櫂を操るような船出でした。
 わずかでありますが、その経過は「Links№50」で報告しました・・・・。
 実際、インターネットの時代だから、翻訳の問題はあるにしろ、情報交換はかなり容易となった。しかし、それを持って何か運動をしているという「錯覚」を持ってはいけないだろう。「情報戦」などという言葉はあるが、私たちのそれは、全く次元の違う「情報交換」であって、運動の一分野であっても、むしろいかに正確な情報を把握して送ることができ、受け取った、掘り起こした情報をいかに有効に運動の中に取り入れ、駆使し切れるか、ということであろう。
 そしてその情報も、発信、受信した時点からどんどん陳腐化していくから、ストックするだけでは意味が半減してしまう。それに比べ、同じ情報交換でも、会合の中で生の言葉として聞き取り、文章化したものを手にするということは、映画をテレビで見るのと劇場で観るとの違いがあるように、吸収できる度合いが全く違うといえるだろう。
 だから、総会の場には行くに越したことはない、そう思っているのであるが。果たしてどうなるか・・・。

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2009年7月 8日 (水)

WSF2009ベレン

 何のことかと戸惑う
 今週末に、APWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)日本委員会の総会が、大阪で開催されるが、その中にDVD映像を使っての「WSF2009inベレン」の報告があるという。
 WSFって、なんの用語の略だかすぐには理解できなかった。「世界社会フォーラム」とわかり、ヘレンは、ブラジルのパラ州にある都市名だと知ったのは、インターネットで検索してからであった。
 私自身の関心の度合いはともかく、いわば、「このような世界」に足を踏み入れている者にとって、これでは知らな過ぎるということかもしれないが、仕方がない。
 それで「世界社会フォーラム」では、どんな議論をしているのだろう、と関心が向きかけたが、すぐに「ま、いいか」と先へ進むのを止めてしまった。何となく、目の前に実践的な仕事がたくさんあるのに、マルクスの本を読めとでも、いわれている感じがしたからである。つくづく自分は、この手の研究論文、理論書が苦手だなあと思ったりもした。
 もっとも、その1月27日から約1週間開催されたフォーラムに参加した人の報告と写真を見ると、それは絵空ごとで、論文だけの世界ではなく、現実に進行している世界の状況を反映した、きわめて実践的なものであることが分かった。
 とりあえず、フォーラム参加者からの話も聞けるかもしれないから、そこから少しでも新しい世界が見えてこえばいいかな、そんな風に思った。ただ、新しいことにチャレンジすることには、かなり腰が引けている自分を知らないわけではない。一つ取り込めば、一つ手放したい、そのように気持ちが揺れるのである。

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2009年7月 7日 (火)

七夕夢想(再録)

 一作きりの三枚劇場
 詩集「坂」(2007年刊・私家版)のあとがきのところで、以下の前書きをつけて、三枚劇場「七夕夢想」を付加した。趣味の域を出ないもので、ただただ楽しんだのであった。それでここに再録してみた。
 「今は休刊となってしまった、やなせたかし編集の『詩とメルヘン』に『三枚劇場』という原稿用紙三枚程度のメルヘン風物語の投稿欄があった。私には、詩よりこのコーナーが合っているような気がして比較的よく読んでいた。出来ればそんなものを書いてみたいなあと思って、試みたのが「七夕夢想」であった。
 試みてみたが、実際、仕上げたのはこの一作だけである。やはり着想には、それなりの積み重ね、才能はいることは確かである。また、中日新聞の日曜版には『三〇〇文字小説』というのもあって、“ああ、いいなあ ”と、惹かれている。」

 七 夕 夢 想
 差出人のない白い角封筒が届いたのは、昨日のことだった。開けてみると絵葉書が一枚入っていて、他にこんなメモ書きが添えられていた。
 『あなたから遠く離れていってしまった人で、いま会いたいという人に、この絵葉書を六日の夜十二時に投函してください。明日の七夕の夜に会えます。亡くなられたご両親とかへは、あて先なしでもけっこうです』と。
 いろいろ考えた挙句、親父宛に出すことにした。おもて面に名前を書いたが「戒名なんていらないよな。だいいち覚えていないし・・・」といいつつ、なんか一言添えるのもいいかなと、うら面を改めて見てみると、そこには、短冊のついた笹の葉、天の川、それになぜか上弦の月を配した、どこにでもあるような、水彩画の絵が描かれていた。
 しばらくじっと見ていると、上弦の月が、何となくこちら側に顔を向けるような感じに見えてきて、うっすらと人の顔が浮き出てきた。あっ 親父の顔だ!と思った瞬間、不覚にも絵葉書の上に涙を落してしまった。
 すると何としたことか、その絵葉書が、くつくつ、くつくつと小さな音を出し、泡が浮き出てきて広がっていった。すると天の川は、まるで本物の川のようなせせらぎとなり、笹が語りかけるように小さく揺れながら、しばらくして天の川の中に倒れこんでいった。
 そうして、どうしようもないまま見ていると、その絵葉書は、こんどはじゅくじゅくと音を立てながら次第に全体が泡に包まれていった。あの上弦の月が泡の中に消えた途端、絵葉書は、その場から消えてしまった。
 なんだこれは?と狐につままれたように呆然としていると、例の白い封筒から、メモがもう一枚はらりと落ちた。そのメモには、こう書かれていた。
 『この絵葉書には、絶対水をかけないでください。上質完全な水溶紙を使っています』
                     
〈二〇〇五年七月七日〉

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2009年7月 6日 (月)

静岡知事選挙が終って

 政権交代へ加速、で麻生の心中は?
 結果は見ての通りだが、毎日新聞は、12日投票の東京都議会議員選挙でも、民主党が過半数を制するとの世論調査結果を併せて報じた。
 このことから私は次のことを考えた。
 それは、やはり麻生首相の「心のうち」についての推測である。この二つの選挙で与党が敗れれば、その責任は、「地方選挙であるから、国政には及ばない」と強気でいってみたところで、もはやそれは通用しない。先の閣僚の補充と党の人事刷新の断行に失敗したことで、麻生の指導力、牽引力が地に落ちていることが明らかになったからである。それは同時に、「解散権は、首相の専権事項」も、錆ついた刀と見透かされてしまったとも言えるだろう。
 これは結果論であるが、もし麻生がどんな形であれ首相退任後に、政治的影響力を残そうとは考えず、自らの「政治的信念」に基づいて「解散総選挙」をもっと早期に行っていれば、ここまで追い詰められることにはならなかったであろう、という言説は、その通りだと思う。
 では今、麻生に残された最良の選択肢は何か。これが首相の「心のうち」なのであるが、政治評論家などのみなさんはどう読んでいることだろう。「起死回生」のどんでん返しがあるだろうか。鳩山民主代表の「政治資金疑惑」もその一つではあろうが、敵失では「政権交代」の流れを止める「堰」にはならないだろう。
 となると見当たらない、というより私には想像域を超えるが、思いつきでいえば「辞任して、女性を首相に指名または推薦」という手段。東国原知事よりはましであろう。「公明党との連立を解消、政権移譲を前提に民主党の一部を抱きこんで新連立構想のぶち上げ」(遅きに失したが)。「内閣総辞職、民主党に選挙管理内閣を任せて、新総裁のもとで選挙という時間稼ぎ」だが、肝心の次の「顔」が浮かばない。失礼ながら「大平正芳の場合に似せて」でも、世論は冷やかか。「大災害、異変などで解散を封じて、任期満了後の選挙に望みを託す」というはかない邪想・・・。
 いずれにしても「オレの、政治家としての役割、出番は終ったのか」という心中を察するばかりである。

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2009年7月 5日 (日)

ピアニスト・辻井伸行の凄さ

 親の役割が大きいというが
 生まれついてから全盲であった辻井さんが、6月7日、アメリカで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し、日本中がわきかえった。もう1か月も前のことになる。
 私も「へぇ~、すごいなぁ」とは思ったが、実は何がすごいのか、その時はよく認識していなかった。だいたい、「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」が、どれほど高位なコンクールなのかも知らないし、そもそも、辻井さんの演奏を聞いて、それがどれほど高い評価を受けたかという、そういうことはまるで知らずして、テレビで「これは凄いこと」と聞かされて、単にうなずいたに過ぎない。
 このコンクールに、これまで幾人もの日本人がチャレンジしてきたことであろうから、それを日本人として初の優勝を成し遂げたのは、確かに「凄い!」ことであるとわかる。
 しかしもっと凄いのは、「全盲」であることだと思えたが、それは鍵盤が見えない、楽譜を読みとることができないというハンディ-を思ってのことだ。しかし実際は、楽譜がないから耳から聴いた音、曲を覚えるしかなく、しかもそれを短期間のうちに、自分のものにするその「凄さ」であると解説されている。
 さかのぼれば、0歳の時からその兆候を見せたと、母親の辻井いつ子さんは語っているが、それを見逃さなかった「母親の力」が、「凄さ」を倍加、二重写しにさせる。いつ子さんにとっては、世の親の願いの常である「健康でさえいてくれれば」という、それさえ眼前の状況はかなわずしてあり、その先が考えられないところにあったであろう。それを乗り越えたなにがしかの「積極性」が、ここに至ったということだが、この積極性とか、ものを見る目、判断の確かさは、これまた一つの「凄い」能力であるに違いない。
 この世の凄いことは、幾つかの条件が努力であれ、偶然であれ重なりあって合致した時に生まれる、ことを改めて知らされた。親が一生懸命になれば、何とかなる場合もあるかもしれないが、それだけではないことも確かであろう。イチローのことも考えてしまうなあ。
 ところで、同時優勝したとされる、中国人ピアニスト・張昊辰という人の場合は、どんな「凄さ」を持っていたのであろう。この紹介はまだ目にしていないが。

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2009年7月 4日 (土)

四苦八句川柳・9

梅雨知らず
 雑談の櫂・第12号・梅雨号の「四苦八句川柳・9」は、以下の8句。題は、時節柄「梅雨知らず」としたが、冒頭句に思い入れがあり、第8句と対をなす句としたが、相変わらず「もうひとひねり」か。

▼ 連れてくかどっちなのよと傘が聞く
▼ 水たまり遠い面影愛合傘(かさ)映し
▼ きょうも雨 つゆキライかとポチに聞く
▼ 梅雨なのに雨梅降らずお玉降る
▼ 生活のゴミが流れる扇川
▼ 雨だから同窓名簿めくる日々
▼ そういうが晴耕雨読畑(はた)もなく
▼ 愛読書君は残れよボクは逝く

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2009年7月 3日 (金)

ピースサイクル2009

 自治体と基地に訪問通知を出す
 ピースサイクル2009は、先月の「沖縄ピースサイクル」が終って、7月13日の埼玉県入間市を皮切りに、いよいよ全国が一斉に走り始める。
 7月19日東京発、8月5日広島着の東海道・山陽道ルートは、7月26日に愛知県入りし、豊橋、豊川、岡崎、豊田、三好、日進、名古屋、小牧、各務原までの3日間が「愛知ネット」の担当となる。
 訪問先には、事前に通知して、反核・平和問題と共に、地方自治体の抱える問題を地元のみなさんと供に申し入れるので、その通知書を今日、書き送った。
 ・・・私たちは、「つくろう 戦争のない世界を!守ろう 未来の環境を!」「守り活かそう!憲法9条!止めよう戦争への流れを」(2009年のスローガン)を合言葉に、世界の平和と地球上からの全ての核の廃絶、自然保護、環境保護・再生などを求めて、今年もまた、全国で「ピースサイクル」を取り組んでおります。
 さて、中央政界におきましては、衆議院の解散総選挙がいつ行われるか、政権交代がなるかならないかが焦点になっていますが、2009年度補正予算関連の租税特別措置法改正案や国民年金法改正案、そして臓器移植法改正案、水俣病未認定患者の救済法案、海賊対処法案等々の重要な法案の行方が気になるところです。
 一方で地方分権、税源移譲問題、年金・医療・介護、少子高齢化問題、東海地震対策、新型インフルエンザ対策など、地方自治体にとっての重要な施策も目が離せないところです。
 私たちは、そのような生活面に直結する行政の在り方、施策を注視するとともに、世界平和、地球環境の問題にも、怠りなく目を向けていかなくてはならないと考えております。
 それ故私たちは、地域における不断の活動と共に、広島、長崎の原爆忌のあるこの時期の、「ピースサイクル全国運動」の意義を再認識しているところです。
 尚、全国の仲間と共に推進する、「2009年ピースサイクル」の主たる主張とその取り組みについては、同封いたしましたリーフレットをご覧下さい。・・・
 という風に始まって、各自治体個別の問題を列挙して、当日その回答を受けるという流れである。毎年同じような文案になりがちで、何とか内容を豊富にして表現を変えたいものだと思うのだが、金融恐慌、世界同時不況のような大きな変化があっても、地方自治体との関連性を結びつけるのは難しい面がある。また、豊川と小牧の自衛隊は別の内容になる。
 この時期、衆議院選挙と重ならないとも限らないので、そうなるとまた別の心配がないわけではない。

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2009年7月 2日 (木)

老兵たちのフォーラム7月例会

 久野 治著「春闘の終焉」を読んで
 昨日の例会のテーマは、多治見市在住、元三菱電機労組役員、元IMF・JC事務局次長、中部ペンクラブ理事、美濃の武将で茶人・古田織部の研究および、文筆活動を続けておられる、久野治さんの近著「春闘の終焉」をめぐっての意見交換であった。
 著者も参加されていたから、本には書かれない「裏話」もいくつかあって、固い標題にはない興味深い内容となった。また、労働運動という角度から取り上げたこのテーマも、久野さんの自分史の一部でもあったといえよう。
 さて今回また、私はテーマを取り間違えて、8月例会のテーマで臨んだので、全く準備なしで議論に参加することになった。しかし、順番が最後だったので、それなりに意見を述べることができた。
 それでこの本全体の印象として私は、私自身が旧総評、総同盟、中立労連、新産別といった労働組合の大道を歩いてこなかったから、どちらかといえば「批判的」に読んだのであった。しかし、批判されるべきは、著者個人ではなく、戦後労働運動の運動総体がまず先にあるべきだと思ったこと。そして、著者が、もっとアジアに目を向け、新興著しいが労働条件が低い労働者のことを考えるなら、「アジア地域春闘の構築」が必要だと、大胆に提言されている点では、意表を突かれたというか、私の想像域を超えていた点を率直に述べた。
 私は、大企業の組合にいながら、その組合の腐敗を感じとって、職場活動に精を出していたが、その活動の中心軸は、「賃金体系、賃金・退職金計算に習熟すること」「労働法、特に労働基準法と労働安全衛生法に精通すること」それらを職場で実践的に活用することを教えられたことを述べ、一方で、「企業(職場)の枠を超えた、地域労働運動」、新東京国際空港建設反対の「三里塚闘争(政治闘争、労農共闘)を闘える労働組合」が当初の2大路線で、後に「労働運動と市民運動は表裏一体」更に、組織されない、支援を受けることのない労働者と共に闘う「隙間の労働運動/落ち穂拾いの労働運動」というところに位置して活動をしていたことを述べた。
 そして、企業内組合の、特に大手組合の多く見られた組合活動の欠落していたものとして、①組織外の未組織労働者②組合員個人③下請け・零細企業の労働者④女性、こうした人たちが置き去りされて、正規職・体制従順の労働者で固めて、幹部は「労使協調」を第1義として、保身と出世に重きを置く労働組合は、果たして労働組合といえるかどうか、とまあ、著者の前ではいいにくかったが、当人が必ずしも、これに当てはまらないことは衆人の認めるところであるので、思うところを述べたのだった。
 参加者の中には、いわば経営者側の人もいて、「別世界」といわれて苦笑したが、それは労働運動、組合活動がある意味では、保守的で、未開の領域すら持っていることの指摘ではないか、そんな気がした。ただ、最近の「派遣村」に見られる非正規雇用労働者の動き、うねりは、「戦後労働運動」に新たな節目をつくっている状況でもあるから、労働運動一般論だけでは議論は深化しないだろう。

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2009年7月 1日 (水)

英文・トヨタ関連ニュース

 ココログに障害が発生し、30日の日録がアップできなかった。ここに追記する。
 
6月は5本
 APWSL愛知発行の英文「トヨタ関連ニュース」の第6号は、6月のニュース6本である。
 1)6月12日、デンソー・川野裁判報告集会。2)6月13日、第3回「トヨタ」連続労働講座。3)6月16日、TMPCWAを支援する愛知の会・運営委員会。4)6月23日、トヨタ自動車株主総会・株主へのアピール行動。5)6月24日、第18回ATU・S運営委員会、である。
 これらを200字前後でまとめて英文にして、APWSL国際MLに投稿する。これで少しは、アジア太平洋の労働者・活動家の役に立つだろうか、とは思うけれども、日本ではいろいろ頑張っているなあ、というメッセージくらいは届くだろうと思っている。
 「キミが頑張っているから、ボクもがんばれる」「その一言、言葉、メッセージが、やる気を起こしてくれた」ということはないではないが、むしろ、発信する側にいる方が、より意識が強まるような気がする。
 ということで、この英文ニュースも、写真をつけたいがまだその準備が整っていない。英訳者の負担もあるので、せめて1本だけは500字くらいに増やしたい気がしている。そして相互交通が増えて、相対する機会がくればと思う反面、そう長く続けていられない気もしないではないのである。だから、やれるうちにやっておきたい。
 

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梅雨籠(つゆごもり)

  ココログに障害が発生し、29日の日録がアップできなかった。ここに追記する。
 何をしてもしなくても変わりなし
 今は梅雨の真っただ中にあることは間違いないだろう。
 つい2日前まで原稿の仕上げに汲々としていて、雨雲が一層重く垂れこんでいるような気がしていたが、今はわずかにのぞく雲間の空を見るようである。
 学校へ行くでなし、仕事に出かけるでなし、さりとて家事に精を出す気にもなれないから、パソコンの前に座ったり、横になって新聞を広げるか、読み残しの多い週刊金曜日のページを開いたりしている。
  何をしてもしなくても生きるに変わりなし
  紫陽花からこぼれ落ちる雨粒を見ゆ
 これは「雑談の櫂・第12号・梅雨号」の巻頭詩の一部であるが、やはり湿っぽいものになってしまった。そもそも題にした「梅雨籠」など、歳時記から引き出さねば知らぬ言葉であった。それを“感性”から描いたものでなく、言葉のこだわりから一篇の詩につなげようとするのだから、出来栄えは知れたものになる。
 ま、それでも1か月近く、意趣、言葉探しで脳を鍛えたであろうから、評価はお読みになった人にまかせることにしよう。
 「梅雨号」の「くらしの周辺」では、「本、絵本、漫画本」と題して、本にまつわるエピソードを書き連ねたが、このテーマを「秋号」に載せず、この時期にしたのもやはり、家の中に籠ることが多いからであろう。だから、それは読書感想文ではなく、「読書歴」みたいなものになった。
 その最終行は、「私の蔵書で残したいのは、漫画では手塚治虫だけである。孫は読むだろうか。」と結んでいる。

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