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2009年6月15日 (月)

沖縄ピースサイクルへのメッセージ・1

 伊江島「わびあいの里」のみなさんへ
 来る19日から「沖縄ピースサイクル」が始まる。一行は、24日に伊江島に渡り「わびあいの里」を訪れるとのことで、全国から27名の参加とある。愛知からは参加者なし。
 ああ、行きたいなあ、豊田のUさんも行ってもいいといっていたのに、いま一つわが背を押すものがなかったのは、この体が予感していたのであろうか。
 それで、訪問団の団長・広島のNさんから訪問先へのメッセージを要請されていたのを忘れていて、ようやくPCに復帰した途端思い出した。今日15日が締め切りである。もう全部は間に合わない。2つでも半分でもとメッセージを書き始めた。まずは沖縄県伊江島の「わびあいの里」のみなさん宛てである。
 「・・・さて私たちは、沖縄本島のことにつきましては、現在でも、高江のヘリパッド、海上基地建設を阻止するため連日命がけで座り込みする人たちがいる辺野古のことなどについては、知ることはありましたが、伊江島のこと、とりわけ『わびあいの里』のことについては、全く無知のままでした。お恥ずかしい限りです。
 1944年に日本陸軍伊江飛行場の滑走路ほぼ完成するに至って、この飛行場があったために、1945年4月16日、米軍の伊江島上陸、激戦となったこと。その時、島民の3分の1(約1500人)が犠牲になられたこと、1945年5月、伊江村の村民のみなさんが慶良間諸島へ強制移住させられたこと、1947年3月、米軍滑走路三本完成し、島の63%が軍用地となってしまったこと、1953年7月、最初の土地接収通告がって、1967年5月  『全沖縄土地を守る会』が結成され、その会長に、阿波根昌鴻さんがお就きになられたこと、『ヌチドゥタカラの家』には、反戦平和資料館として様々な反戦に関するものが展示されていること、『わびあいの里』とは、運営している財団法人の名称で、『やすらぎの家』とは交流施設であることなどを、初めて知るに至りました。(中略)
 伊江島『わびあいの里』のみなさん、
 この愛知とは、遠く海で隔てられておりますが、それは海とでつながっていることでもあります。それぞれにはそれぞれの地域の歴史と事情があるにしても、『反戦・平和』『非支配と、住民古来の土地』『子々孫々まで、くらし、文化の伝承』は共通なものとして認識し合い、共有することができると信じております。そして、その土地、地域での運動、闘いを灯し続けることの大切さを確認したいと思っております。
 今後ともご交誼のほどを願い、愛知からのメッセージといたします。」
     ピースサイクル愛知ネットワーク

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