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2009年4月30日 (木)

今日何をなすべきか

 そして薫風のもと5月は
 早朝から出かけることがなければ、私の朝は遅い。7時に目が覚めても起き出すのは9時過ぎである。その間、2度寝の楽園の散歩もあるが、「今日は何をなすべきか」と、思い描くことが多い。この時間もまた、現役時代には味わえない安らかなひとときである。そして10時前に行動に移ることができると、その日は仕事がはかどることが多い。午前中に一課題がこなせるからである。
 ここ2~3日陽気がいいので、いつもより早起きしては、身の回りのこと、衣類の季節替えであるとか、洗濯機を回すこともある。さして好きではないが、ドリップコーヒーを飲むこともある。カラカラと鯉のぼりの矢車の回る音が聞こえてくる。何やら楽しげな農園から人の声も聞こえることもある。かくして4月の晦日、30日の朝を迎えた。1年の3分の1が過ぎ去るわけだ。
 5月の予定は後半から日程が立て込んでいる。2日に「東濃ピクニック」17日に「熊野古道・伊勢路」は遊びであるが、TMPCWA支援の総会、ピースサイクルでの上京、「負担研」で京都へ行くことになるかもしれない。坂喜代子後援会活動も本格化するだろうから、どこかで頼まれ仕事が出てくるだろう。13日の「老兵たちのフォーラム」では、「格差社会はなくなるか」の問題提起を仰せつかっているのでこれは難題である。
 「C&Lリンクス愛知」は連休明け直後に出したいし、ATUサポート市民の会のニュース「れいめい」は。19日に印刷予定。「雑談の櫂」は、6月1日発行予定。
 半年振りの同級生の集まりがあるが、前回欠席だったので、今回は出るつもりである。
 薫風は晩春というより初夏の風である。間もなく梅雨を迎えるとなれば、一日、一日「今日は何をなすべきか」の積み重ねとなり、何事かをなした後の余韻を満喫したいものである。

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2009年4月29日 (水)

坂喜代子後援会が発足

 満席なるも容易ならざる前途
 社民党・比例東海ブロックの候補予定者、坂喜代子さんの後援会である「坂喜代子と格差のない社会をめざす会」の発足集会が、今日の午後、つるまいプラザ(愛知県勤労会館)で開催された。60の席は満席で、関係者は立っての参加というほどであったが、こと選挙となれば、その前途はなかなか大変であることが察せられた。
 これまでも、女性ユニオンの集会などで坂さんは、話(演説)をする機会はあったとは思うが、私にとっては初めて聞く機会であった。その印象は、自らの経験としてきた、銀行でのパート労働者として苦闘、怒り、悲哀、そして仲間との出会い、ユニオンとしての運動や、パート法などに関する国会請願、ILOでのロビー活動などの領域では、流れるような口調で、聞かせる内容で大変良かったと思うが、政治情勢、政治課題、社会問題など、街頭で必要な他の分野では、どうなのかは一度聞いてみないとわからない部分もあった。いずれにしても及第点は得たであろうと思った。
 この発会式では、司会者は女性、「格差社会について」のディスカッションの進行は、山盛さちえ豊明市議、応援スピーチに水田珠枝さん(女性学、元大学教授、「女性解放思想の歩み・岩波新書」著者)、大脇雅子さん(元社民党参院議員、現弁護士)も参加され、準備段階から女性中心に取り組まれてきた。これは、坂選対の大きな財産であるとともに主柱になるものであった。
 比例東海ブロック21の議席のうち女性議員は、自民党の二人だけである。かつて共産党の瀬古由紀子、社民党・大島令子がいたが、今は野党の女性議員はいない。特に愛知県からは民主党の谷岡参院議員(愛知選挙区)しかいないと思うので、「もっと女性議員を!愛知から女性議員を!」は、共産党とも競合するが、キャッチフレーズになるのではないだろうか、そう思った。
 さて実戦的に考えると、例えば、社民党の県連代表の富田勝三名古屋市議も参席していたが、紹介も発言もなかった。これは、県連が愛知1区の平山良平候補の選挙1本にシフトしていて、比例選挙に割くほどの力がないということのようで、ことさように、ただでさえ弱小である組織的バックアップは、多くは期待できないというのが実情のようだ。これは坂陣営としてはつらいところであるが、考えようによっては、党主導から、市民の“手づくり”選挙で楽しめる一面もあろうから、悲観することはないだろう。選挙資金、資材などだけをしっかり提供してもらえばいい。とはいえ、党員も地方議員も少ない、支援労組も少ないから、街宣車一つ動かすにも苦労するであろうことが想像された。仮に6月選挙だと、これは厳しいこと間違いない、かといって9月選挙の長丁場に、今日集まった人たちで持ちこたえられるかどうか、こちらも心配である。まずは愛知県下における後援会の「点」の確保、そして、せめて、名古屋・知多・尾張・三河(西と東)のブロックごとの拠点づくり、出来ればの小選挙区15区ごと支部組織まで行き着けば、一条の光が見えてくるかもしれない。東海ブロック代表者の発表では、目標は36万票(一人当選の最低得票数)とのことであった。

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2009年4月28日 (火)

河村新市長をしばし追い続ける

 名古屋市政(市井)の記・01
 「ちょっとした織田信長気分だな」「ワシより給料の多い人は、しっかりやってもらわないかんわな」「10%減税は約束だで、ぜってぃあやるでよー」か。
 ま、何を言っても構わん立場に立った河村新市長であるからして、6月議会で誰を副将にしてどこから攻めていくのか、しばし見ることにしよう。
 「自分から辞めることはせん」とか「年収500万円以下の庶民職員には手をつけん」というのはいいことだ。とにかく、全軍を率いる大将には、「大胆かつ細心」の肝っ玉と、「駿馬、暁を走る」機動性が必要である。つまり、「真田十勇士」のごとく、副市長をはじめ「ブレーン」を集め、十二分に働いてもらう体制づくりと、いつでも、16区どこへでも馳せ参じることのできる身軽さを身につけておくことが、「庶民革命」の基本スタイルであろうと期待する。
 かのオバマ米大統領も、与野党を問わず議員の利権、特権、既得権の「守旧派」の大きな壁に行く手を阻まれているという。こちらでは「河村対全議員」と自民党の古参議員が言ったという。さすがに状況を理解するが早い。
 歴史物の大河小説は面白い。それは結果が分かっているからということもあるが、知られざる一面に光が当てられる新鮮さもあるからだろう。
 河村の名古屋市政は、未来に向けてのドラマであるから、結果は未知数、敵が多いからハラハラドキドキ場面の連続かもしれないが、それが「河村劇場」というなら、それなりに楽しませてもらうが、小泉劇場の二の舞はお断りである。ならば、こちらにも、なにがしかの向き合い方が必要であるから、河村新市長の動向を見ながら、マニフェストを時々めくりながら、勝手連のみなさんの動きもみて、時々は「市政(市井)の記」を書いて行こうと思う。

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2009年4月27日 (月)

名古屋市長選挙を考える・23

河村は、ロデオのどちらか?
 河村たかし候補の当選には、勝てば勝ったで“心配の種”が芽を吹き始めるもののようだ。
 それは後ほどにしてまず、結果に対する私の感想は、高いといっても50、54%であるが、この高投票率が良かった。都会であれ、農山村であれ有権者は、投票にはぜひとも参加してほしいと常々考えているからだ。
 次に、河村の得票数が、有効投票総数の58,57%で、過半数を超えた意味は大きい。この数字は議会において、市側提案の議案が可決か否決かのせめぎ合いの時に、市長側の“大義名分”が心理的にも働くのではないかという気がするからだ。
 また、河村の勝因に「知名度」を挙げることにやぶさかではないが、河村の政策にも期待する有権者の声が多かったという分析も評価できる。「10%減税」は、象徴的に語られようが、全体として“何かが変わりそうだ、変わってほしい”という有権者の声の反映であろう。そのように市民が意思表示することは意義深いことだと思う。その意味でいえば投票率は、60%後半(3分の2以上)を得たいものだが。
  さらに、民主党の中では、杉山市議の造反などいろいろあったが、結果として、民主党支持者の90%が河村に投票したとの分析にも安堵するものがある。次の衆院選挙を考えるとき、これは大きな意味を持つ。前回の衆院選挙で名古屋市内の小選挙区5区のうち第5区(赤松広隆)を落としたが、全勝の道が開けたということであろう。(分析は、NHKの出口調査を参考にした)
  さて今回の選挙で名古屋市民は、向こう4年間の市政のかじ取りを河村に任せることになったが、河村の大胆な公約が、議会で混乱することなく実際に進むであろうかと固唾をのむ場面もあるかもしれない。
  市長の報酬や退職金については、市長自らのことだから勝手にやればいい、という考えもあろうが、議員報酬などや定数の10%削減、議員年金の廃止つながる「導入口」と警戒心が働けば、与野党を問わず議論はるつぼ化するかもしれない。あたかも「ロデオ」のごとくである。もっともこの場合、議会(議員)と河村市長、どちらがカウボーイでどちらが荒れ馬(牛)だかは、見極めないといけないが・・・。
  また、例えば中学区単位の「地域委員会」構想について、仮に議案が可決されたとして現場に持ち込まれた時、市の窓口と地域住民との間、また住民と住民との間でうまくいくかどうか、“やってみなければわからない”といわれればそうに違いないが、慣れないことをするときは、失敗はつきものであるから、やろうとすることの目的と仕組みがよくわかるようにして、そのコーディネーターを育成配置する道筋をつける必要があろう。
 選挙では、有権者に分かりやすく伝えるために、政策の詳細となるプロセスや成果予想は、語られることは少ない。また「あなたも市政の参加者になるんですよ」と言われたとしても、多くは実感をもたない。候補者が言ったことと、新市長の、その結果だけを問うのが一般市民であろう。
  そこで既に河村勝手連のMLで、河村市政を支えていかねばならない、という意見が登場しているが、その担い手となる方向性を、新たな別組織で立ち上げる構想も出てこよう。後房雄氏主導の「市民フォーラム21」がその中核になるかもしれないが、その動きも注目していきたい。
  この先、地方自治、市民自治、地域自治という「自治」というキーワードが、身近なところで語られるようになるかもしれないが、私が見るところ、もう一方で政党政治のもと、政党、政治団体というかたまり(塊)、宗教的集団主義、利権・特権・既得権への執着が、大きな壁となって立ちはだかるかもしれない。
  実は、私が言うところの「無党派市民」が闊歩できる環境ができてくるかも知れいとそう思う一方で、そういうところへの参画には、十分も不十分も、何も用意しているわけではない、というのが正直なところである。 
(続く、かもしれない)

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2009年4月26日 (日)

名古屋市長選挙を考える・22

 河村たかしの当選、いいも悪いも市民の選択
 名古屋市長選挙について考え、書いてきた。その一部はミニコミ誌に掲載したりもした。だが、私の名古屋市長選挙は、今日の投票日で終わりではない。選挙結果を見ながら、まだ少し書き留めておきたいことがある気がするので、自分なりの“まとめ”をして終えたいと思う。
 昨日の新聞報道で杉山市議が民主党を離党したことを知った。やや遅きに失した感があるが、筋を通した点は評価しておこう。今後の対応についても、新市長のもとでの初市議会では、どんな“一人会派”を作るのか、または同じような境遇の則武議員と合流するのかしないのか、自宅兼事務所に飾られた民主党各級議員の看板はそのままなのか、外すのか見守ることにしよう。
 なお、杉山は「造反ではない、一石を投じただけ」と、この「造反」という言葉にこだわっているようである。この造反という言葉の出自は、ウィキペディアによれば、「造反有理(ぞうはんゆうり)とは、『謀反にこそ正しい道理がある』を意味する中国語。『革命無罪』と並び中華人民共和国の文化大革命で紅衛兵が掲げたスローガン。」とあるから、そのまま使うことを憚る心境はわからないではない。彼は1970年前後の大学闘争のかけらも接してはいない世代と思われるから、常用語にはなっていないのであろう。
 私は1970年の年賀状で「造反有理」-安保フンサイへ、人間の渦巻きを-を使っていたが、今見ると歯が浮くような感じがしないでもない。
 それはともかく「一石を投じた」だけでは、行動説明には不十分である。別の表現を用意してもらいたいと思う。私は、午前10時に投票を済ませた。
   (ここまで午前11時45分現
在の記)
 一昨日、東京のある人から、こんなメールを頂戴した。
 「先ほど簡単な御挨拶の文を出してから、リンクスや雑談の櫂などざっと読みました。あなたのそれを見て発信する立ち位置が、とてもユニークでいいと思いました。河村たかしさんや、坂喜代子さんのことなどなど。政治を身近でこうした視点で見る人はほとんどいないし、また、居たとしても発信していないのではないかと思います。いつも全部は読んでいませんが、どうぞ、御健闘を!」
 年中忙しく、国内だけでなく海外へも出かけている中で、時折りこうしたメールを寄せてくれることに、随分励まされる。
 それはそれとして、今回の市長選挙に関連して、私は河村たかし候補にこのブログに書いた内容の意見をメールで送った。それが読まれて、どんなふうに伝わったかはわからないが、何か響くものがあると受け止められれば、ひょっとして返信メールが来るかもしれない。来ても来なくてもいいのだが、概して一般的には、いちいちメールに応答することは少ない。それを考えると、私自身は、受けたメールに一言でも答えることをなんとか習慣化したいものだと思うのだが、一方で手紙やはがきに較べ、素っ気なさが継続させない理由かもしれない、そんな気もする。まして「論争」ともなれば。文書化はそれなりに意味があるに違いない。
 さて投票率はいかほどであろうか。中日新聞によれば「名古屋市選挙管理委員会によると、午後3時現在の投票率は29・66%。期日前投票者数は11万7727人で前回の約3倍だった。」という。
  (午後3時30分現在の記)
 
NHKの出口調査で河村たかしの当選が見えたので、チャンネルを切り替えた後すぐ、家族が河村に「当確」が出たと部屋に飛び込んできた。この時間で「当確」が出たということは少なくとも接戦ではなかったな、そんな印象をもって、テレビシアターに見入った今晩であった。了。
(午後9時10分現在の記)

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2009年4月25日 (土)

憎しみの連鎖

  蹂躙された土地の子供たち
 ロシアの侵攻で親を殺されたチェチェンの子供たち、大量殺人兵器があると戦争をしかけ、大量殺人兵器を使って侵攻したアメリカ兵に親を殺されたイラクの子供たち。脅威の根源を排除するとしてとして侵攻し、無差別殺戮を意に介しないようなイスラエル兵に親を殺されたパレスチナ子供たち。アフガニスタン、パキスタンでも同じような・・・。
 “極東”日本からは、それらが電波に乗って伝えられることがあるものの、別世界のように感じられるのではないだろうか。NHK・BSの深夜放送「パレスチナ・ガザ 子どもたちが見た悲劇とは」では、両親が殺されるのを目撃した子供たちを映し出していた。
 明るく快活だったある少女が、その日を機に笑わなくなり、これからも「笑わない」と言い切る目には、憎悪が充満しているようでもあった。このような少女が癒されないまま“その日”のことを成長するまで持ち続けたなら、体に爆弾を巻き付けて、イスラエルのどこかの町の市場で自爆するかもしれない。そして、その市場に買いものに来ていた親子のうち、生き残った子どもはパレスチナ人をひどく憎んで、“現在”を再現するかもしれない。
 朝鮮半島、中国大陸では今なお、「日本軍の暴虐」の跡が残され、伝えられ、語られていることを耳にし、時には映像で見ることもある。しかしそれは、私の目から見ても遥か昔の、上の世代の悪行である、という他人事意識がないでもない。ここが問題なのである。
 朝鮮人の従軍慰安婦問題、女子勤労挺身隊問題、中国人も含めた強制連行・強制労働の問題で、司法の判断はほとんど時効や国家無答責論を盾に退けている。その裁判官とは、実に私たちの世代と、その以降の世代がほとんどあり、実体験はもとより、戦争責任を回避した戦後政治、戦後教育の中から育ったのではないだろうか。
 もちろん裁判官という職業は、私たちのような考えとは別の視点、論拠をもっていることであろうから、同じとは言い切れないが、それらを含めて、チェチェン、イラク、パレスチナ、アフガンなどの現実は、中国、朝鮮などと日本の関係をも照射しているとみるべきではないだろうか。
 蹂躙された側よりも、蹂躙
した側が、より強く、長く、明確に意識し続けることが、友好の再生の条件ではなかろうか。

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2009年4月24日 (金)

メーリングリスト考

  河村勝手連の例を引き合いに
 登録しているメーリングリスト(ML)の数を確かめたら7つあった。それに現在は選挙関連で2つが加わる。さらに、MLに加入していないが、加入している人がせっせと転送してくれるので、併せて10以上になる。そしてアドレスをグループ化して、送ってくる個人のものを加えると・・・。
 MLの重複したものを次から次へと削除していく、そのような余分な作業に腹を立てたことはないが、もし仕事をもっていて、密度の高い時間に拘束されていたら、MLから抜けるか、愚痴の一つも漏らしたかもしれない。
  受信した添付が開けない場合と、送信した添付が開けないという返信メールが来ることがある。どう処置すればいいのかわからない場合が多い。忙しい人のために、添付したものをメールに貼り付けることもするが、忘れることもある。もっともMLのほとんどは、ウィルス感染の広がりを防ぐために「添付」を禁止している場合が多い。管理者が添付されたものをウィルスチェックしてから、改めて発信することもあるようだ。
  さて、河村勝手連のMLにはその日の河村候補の行動予定も入ってくるが、連日、前の日の活動経過が丁寧に報告される。それを見ていると、法定ビラの街頭での配布や宅配(ポスティング)に参加している人の数はそんなに多くはないようだ。当初の各区に河村勝手連を立ち上げる構想は、果たせなかったようで、そのような地区ごとの報告は見られない。
  知事選の石田選挙では、私も街頭、スーパーマーケットでのビラまきや、投票所周辺を重点的に行ったポスティングに参加したが、今回は18日のミニ集会に参加したのが、唯一行動であった。このように個人差はあるであろうが、大なり小なり、加齢と共に「参加率」は低下していくことは確かであろう。だが、高齢者でも参加を促す動機付けなり、説得のために「訪問活動」がなされないこともあるのではないか。市民運動では「自発性」が基本だから、強要しないまでも、誘うことすら極身近な人に限られるようだ。それに比べ、共産党支持者や、公明党支持の創価学会の人たちは、「誘いあって集団で動く」という運動スタイルのようで、ある程度の票を獲得する力になっているのではないだろうか。
  長選挙と結びつけていうのではないが、「市民運動」がしばしば個人の自主性・自発性・創造性に依拠して、それゆえに組織性、特に「動員」をひどく嫌う傾向を何度か見て経験してきた。例えは良くないかもしれないが、ナチスに立ち向かうフランスのレジスタンスを想起させるが、決定的な違いは、「命をかける」それと、危険を察して「退くも自由」ということであろうか。もっとも、選挙=平和時だから命をかけるなんてことはないが、要は体重の乗せ方ということであろうか。
  河村勝手連のMLで報告されるほとんどの人が、仕事、家事、睡眠などの必要な時間を除いたすべてをチラシ配りなどにつぎ込んでいるのを見ると、そのような完全燃焼型運動は、私にとって遠い昔に感じられたりする。
  MLについて感じたことを書いたが、4月29日(水・祭日)の午後、愛知県勤労会館で後援会の発会式を準備している「坂喜代子後援会」のMLも、河村勝手連MLに勝るとも劣らないボリュームで発信されている。

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2009年4月23日 (木)

ATU・Sのブログを検討

 2年目のメインの活動に着手
 昨夜の、全トヨタ労働組合(ATU)をサポートする市民の会(ATU・S)の運営委員会で、ブログの立ち上げが決まった。もっとも、独立したブログとして立ち上げるのではなく、ATUのホームページからアクセスする方法が検討されている。といっても私にはよくわからないが。
 幸い、若いA君が管理を引き受けてくれるということで、とりあえず、構成案と素材の提供を考えることになり、帰宅してからすぐに着手した。
 初期の素材として、「タイトルと見出し」は今後検討するとして、「ATUサポート市民の会とは」「これまでの主たる活動・写真で見る活動日誌」「会則」「結成宣言」そして、このほど出来上がった「丸ごとリーフレット」を、重複する部分もあるが、完成品として掲載。 書き込みのコーナーの設定も検討する。
 以上が、スタート時の内容の案。これ以降は、次のようなコーナーの設定を検討する。
1、「活動日誌」として、コメントと、あれば写真で日付順にアップしていく。<随時>
2、運営委員会の討議内容の概要を紹介<月1回>
3、APWSL愛知の「和英・トヨタ関連ニュース」を転載するコーナー<月1回>
4、TMPCWAを支援する愛知の会関連ニュースを含めた、トヨタ関連記事のコーナー<随時>
5、トヨタ生産システム、トヨタウェイなど、研究論文、掲載論文の紹介。<随時>
6、文化コーナー・・・・・・・「トヨタ関連本」の紹介、映画、随筆、詩、川柳などの投稿作品を掲載<随時>
 かなり欲張りな構想だが、目標は高く設定し、1合目、2合目と登っていけばいいと思う。5月中には立ち上がるのではないかと思われるが、2期目の活動のメインになるはずだ。これは会としての陣容が整う一つのステップでもあろう。私も素材提供の一端を担う予定である。

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2009年4月22日 (水)

民主党・杉山市議の造反・3

無所属・市民派への勧め
 市長選後の杉山議員の進むべき道は、党の処分にもよるが、「徐名」でなければ、そのまま民主党市議団にとどまり、「内部からの変革」をめざす道がある。但し、党・会派の役職からは外されよう。だが河村市長であれば、ことごとく民主党市議団内で衝突せざるを得ない。議案に反対票を入れることもあり、その都度「処分」問題が浮上し、やがて「徐名」か「離党」かの選択を迫られることになる。
 細川市長となった場合、野党にいながら与党と同調することになる。(地方議会に野党も与党もないと意見があるが、ここでは「オール与党の弊害」の立場からこう表現する)そのことがどういうことであるかはいうまでもない。「離党勧告」の乱発という醜態を見せることになる。民主党にとってダメージは小さくないだろう。
 こうしてみると、選挙前ならいざ知らず、選挙戦に入って尚細川の応援演説をして、細川への投票を訴えたとなれば、民主党所属議員であり続ける理由がどこにあるのか。本人は「信念に基づく行動」と割り切れるかもしれないが、市民には非常に分かりづらい。いや、不信感を募らせることもありうる。
 政治家にはけじめが必要、ということも忘れてはならない。新市長が河村であれ、細川であれ、杉山は民主党を離党して「無所属」となるべきだろう。細川への共感の一つに「無所属」ということも言っているのであるから、想定外ではないだろう。
 そうしてしがらみのない自由な身になって、議会改革はもとより、よりよい行政のために粉骨砕身頑張る道を勧めたい。それには、自らの「マニフェスト」を作り、全市民の前に明らかにすべきであろう。そうすれば、連合愛知や市交通労組の支援をあてにすることなく「無所属市民派」として、険しくも政治家としての王道、市民による市民のための市政・地方自治の道が開けるはずだ。
 現名古屋市議会の構成は、民主27、自民23、公明14、共産8、一人会派が3となっている。河村、細川どちらにしても安定与党ではないから、無所属(一人会派)でも、キャスティングボートを握る局面もあるかもしれない。議会、委員会で質問する機会、時間に制限を受けるだろうが、気にすることはい。政治は議会だけではない、街に出でよ、巷の声を聞け!でやれるであろう。
 このようになるかどうかはわからないが、それを見極めてから、杉山の再評価をしてみたい。了
(名古屋市長選挙を考える・21)

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2009年4月21日 (火)

民主党・杉山市議の造反・2

  健全性と集中性の選択
 さて、杉山議員は緑区選出ということで、「C&Lリンクス愛知」をお読みいただいていることもあり、今回の問題では、多少のやり取りをメールでした。彼の言い分はブログの内容そのものであったが、私は以下の見解をメールした。
  杉山さま。
 メールで議論をしても生産的ではありませんから、ほどほどにしておきますが、言われることの道筋はわかりますが、状況説明としてはわかりづらいというのが感想です。
 指摘されている河村の「陰」「負」「危険性」については、私も警戒心を解いていません。ですから応援も限定的になっています。
 河村の政策に対する私の見解には開きがあって、アンケート(公開質問状)の回答例にもそれを示しました。逆に細川、太田の政策については、細部の検討はしていません。
 それは「大局的にみて」「消去法から」河村にやらせてみるのも一策という流れからです。
 大局的というのは、「政権交代-民主党内閣」を想定する以上、その政策は中央と地方が連携して推進することで成果が出るのであり、中央は民主、地方は自民党という逆転現象が頻発すれば、全体として政策はとん挫しかねません。現実的には、それは避けられないでしょうが、可能なら、中央-地方は共同で進むことがいいと私は考えるのです。
 もっとも、地方分権、地方自治というもう一つの民主政治の在り方もあります。それは反中央集権という意味からも重要なポイントです。しかし、それには一定の政権担当能力と実績を踏まえる必要があり、民主党政権が実現したとして、地方から反乱の火の手が上がるようでは、政権基盤は確立されず、早晩、自民党に奪還されることになりかねません。
 私の本音は、民主党政権誕生の政権交代を強く望んでいるというものではありませんが、何より、自民党政権の行き詰まりは明白であり、よりましな政権のための政権交代もあり、という認識です。
 河村の政策や姿勢、思想性に問題ありとしても、細川当選、それで2期~3期の間、自民党サイドの市政が続くことがいいとは到底思えません。細川個人の思い(市政観)は、それほど実現するとは思えません。「保守」の基盤(大企業優先、地域支配=非民主的)そのものは、かなり強固ではないですか?
 ベストでもベターでもない候補者ばかりで、名古屋市民にとっていい選択ができないのは残念の極みですが、あえて推すとすれば、つまり「消去法」で河村に行き着来ました。私の周辺で「非政治的」な人ほどそう感じているように思われます。細川の民主党と接点の経過は、関係者から少しだけ聞きました。(4月17日)

 確かに私にも迷いがあった。この市長選挙を「松原市政」そのものの評価から始めることなく、「自民党支配の市政からの脱却」「オール与党の弊害」「政権交代の前哨戦」という位置付けが強いのも確かであった。大げさにいえば、「毒には毒をもって制する」みたいな思いもないではない。あるいは、杉山が河村を評価する言葉を私流にいいかえれば、例えば「悪魔に魂を売る」結果になるかもしれない。にもかかわらずあえて「河村にやらせたらいい」と結論付けたのは、結局「自民党支配・・・」「オール与党・・・」「政権交代・・・」の局面打開を求めたからに他ならない。
 河村勝手連の日々の行動がメーリングリストを通じて入ってくる。知事選・石田勝手連のメンバーがかなり参加しているようであるが多くはないようである。全県下と名古屋市との差があるのだからそれはやむを得ないだろう。「勝手連」だけの動きだから、そこには、民主党も組合関係(連合愛知)も出てこないのは当然かもしれないが、全く動いていないのではないかとも推測してしまう。
 そうした、民主党の県議も市議も連合愛知も動かないとして、仮に河村が当選したとしたら、杉山はどう受け止めるのであろうか。民主党の選択が間違っていたとしても、市民が選んだとしたら「選んだ市民は愚か」というのであろうか。
 私は、杉山議員の「健全性」には共感を寄せるが、大局的な政治判断に向き合う「信念」の狭隘性を感じないわけにはいかない。いわば状況における「集中性」の感性である。
  「党員」という組織員は、否応なく組織の決定下に身を置く定めにある。組織の決定に不服であるなら保留はあるが反対党への参加はあり得ない。離党すべきである。
 党として重大な活動である選挙であるなら、当座はそれに向き合うほかないだろう。連合愛知は別組織だから引き合いに出す対象ではない。納得できないのであれば、選挙が終ってから、改めて議論を始めればいいと思うのだが、党内事情はそれを許さないのか。(勝てば官軍ということもあるが)
 さて杉山議員よ、選挙結果は26日に判明する。当選者が河村であれ、細川であれ、あなたは新たな決断をしなければならない。それについて私も少し考えてみたいことがある。
<名古屋市長選挙を考える・20>(続く)

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2009年4月20日 (月)

民主党・杉山市議の造反・1

 杉山議員の言い分
 名古屋市長選挙の最中、民主党名古屋市議団・緑区選出の杉山等議員の細川候補支持・応援で、「処分問題」が明らかになった。処分の行方については不明だが、杉山自身が言うように「一石を投じた」ことは確かだ。
 まず、「細川支持にまわった理由」について、彼の言い分を見てみよう。(HP・ブログから)
 ・・・わたしは現在、離党勧告を受けようとしています。非常に残念で仕方がありません。民主党の河村たかし擁立の選択は間違っていると断言できます。
 名古屋市長選挙の候補者擁立にかかわる民主党本部、民主党県連の判断について、地方組織で決定した市長候補者を認めずに中央集権的に河村氏の推薦決定を行ったことは「地方分権」を実現するため、政権奪取に向けて党を支える一党員として納得できません。(以下要約)
1 名古屋市議団及び愛知県連の擁立候補として決定した伊藤邦彦氏が推薦に至らなかったこと。
2 連合愛知・産別組織が「自主投票」となり、組織分裂につながる混乱を与えたこと。
3 市議団政審会、県連政策調査会などで構成された「政策パネル」での協議の結果および、マニフェスト検証委員会においても合意がされなかったこと。
4 愛知県連幹事会(3月20日)で推薦決定する条件とした10%市民税減税、ボランティア議会などについて公言はしないとする約束、政策合意ができなかった場合「推薦を取り消す」伴野代表の約束が守られていないこと。
 こうした経過を踏まえて、仮に河村市長が誕生した場合、政策の合意がされていないマニフェストを確認したうえで議会の中で河村氏の議案提案に対して、民主党市議団は反対できないと考えます。反対することは、市民にとっても矛盾がそこで生じます。
 政策が間違っているから政策合意ができなかったにもかかわらず、支援した民主党市議団はどう責任をとるのでしょうか?議会が混乱することは火を見るより明らかです。
 議会が混乱すればするほどに民主党の対応が問われることになります。このことが、衆議院選挙に悪影響を及ぼし結果として政権交代につながらないことになれば大変なことです。民主党が真の政権政党になるために私は一石を投じているのです。
 一方杉山は、こうも書いている。
 ・・・細川氏は無党派です。千葉の森田知事とはまったく違います。自民党・公明党の候補ではありません。
 無党派だからこそ応援できるのです。(もし民主党が推薦する候補者であったなら:筆者注)民主党を裏切ることは有り得ません。
 人柄と考え方について共鳴できたからです。人を裏切らない信頼できる人間であると確信を致しました。後略

 議員・政治家が、自ら信ずるところを突き進むことは、大事なことで評価されねばならない。それは同時に、信託を与えた有権者との間を、どのように考えるかが付いて回るということでもある。「信念」が空回りしてはならないということだ。
 杉山の言い分には、一応筋が通っていると思われる。少なくとも党内論議としては。そうした主張を党内で述べ、小沢代表にまで手紙を書き、手を尽くした形跡がある。(惚れこむほどに細川と話し合っても、河村とそれ以上に話し合ったとは思われない点もあるが)
 そこまでは私も評価したいが、「党内民主主義の欠陥」は、あくまで党内事情であり、戦場(選挙戦)まで持ち込んではならない、というのが私の見解。戦場で敵方の味方をしたとすれば、元の陣営から矢をはなたれ、鉄砲を撃ち込まれてもやむを得ない。処分されて当然で、逆に処分できないような陣営に「勝ち目」はない。
 またこうも言える。杉山は依然として、市長選をめぐる政策を含めて県連を批判し続けてきたのであるから、自らの信念がかなわずと判断した段階で「離党」して、「無所属」の細川と行動を共にすべきであったともいえる。
 有権者の一人でもある私にとっても、新聞報道で知るまで何も知らないままであり、「党内事情」より、あるいは「杉山の信念」より、誰を市長に選ぶかという、市長選挙そのものが最優先の関心事であったのだ。そうすると、1票を投ずるその判断は、もう少し大局的に見ざるを得ない。杉山のいう「細川氏は無党派です。千葉の森田知事とはまったく違います。自民党・公明党の候補ではありません。」は、論理が飛躍しているといわざるを得ない。
 緑区の市会議員選挙で私は、社会党時代の小林義信から、古瀬展実、現の杉山等(いずれも市交通労組出身)を支持してきたが、ある意味では杉山の一石は、私にも当たったような気がする。
<名古屋市長選挙を考える・19> (続く)

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実例に沿った食品添加物のお話・2

 「健康エコナ」の「健康」にだまされるな
 ①から⑫まで個別の説明がなされて、普段の生活では知り得ないことが幾つか示された。
1)異性化液糖の材料に使うアメリカ産のトウモロコシは、その70%が遺伝子組み換え。だが、糖類という表示だけではわからない。砂糖以外の甘味料には要注意ということか。(砂糖の弊害は別にあるが)
2)トランス脂肪酸は心臓に良くないことが知られている。食用油のエコナに含まれる「ジアシルグリセロールが発がん促進作用の疑い」とされ、ガンセンターでも実証されたとか。それなのに「健康エコナ」などと「健康」を売り物にしているのはおかしい。厚労省は動かないから、消費者が賢くなって買わないことだ。
3)膨張剤、乳化剤、イーストフード、香料などは「一括名表示」が認められていて、どんな化学物質が入っているかは、外からはわからない。
4)着色料については、目にすることができるから、鮮やかな赤の辛子明太子、紅生姜、黄色のたくあんなどは警戒するが、かまぼこ、はんぺんなど練り物は、盛り付けの彩りなんかを考えると、色ものを買うことは結構ある。着色料は現在12種類が認可されているとか。E-100(黄色5号)、E120(黄色4号)、E-124(赤色102号)など。
5)ほかに、販売者名が表示されている場合、製造者名は厚労省に届け出て、記号であらわすことが認められているという。それは販売者名の後に「1K」というような記号が付いている場合がそれである。ということは、有名ブランド品でも、よくよく見たら販売業者名-記号とあったら、製造を下請けに出している可能性もあるわけだ。これは新しい情報だった。
 こんな話を聞き、とにかく表示が少ないものを選ぶこと、国産といっても100%国産ではないと「国産」と表示できなくなったことは覚えておきたい。コマーシャルに乗せられないこと、遠方のものは日持ちをもたせるために添加物が多くなることは当然だと思うこと(地産地消、産地直送がいい)。消費者が声を上げれば、業者寄りの厚労省も重い腰を上げることもあることを知っておく。小さい子供たちほど作用は大きいので特に気をつけ、学校給食に関心をもつこと、など。
 この2回のお話で基本的なことは身につけたと思う。出来れば、娘、息子、嫁などにきちんと伝えることも大事なことであろう。
 次回は遺伝子組み換え食品などについてのお話を予定している。

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2009年4月19日 (日)

実例に沿った食品添加物のお話

 四季雑談の会「春席」で
 第6回「四季雑談の会」は、前回に引き続いて、日消連運営委員の水原さんによる「食品の安全と安定」をテーマとしたお話と意見交換であった。
 市販の食品のサンプルを例にとって、表示ラベルから「食品の原材料名と添加物の表示から安全性は分かるだろうか?」が主たる核心点。
 第1回は、食品表示制度について、食品衛生法、JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)、景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)の話と、この他に、計量法、健康増進法、薬事法、不正競争防止法があり、地方自治体の条例、国のガイドライン、業界の自主基準等も関係するというような話、そして、  国は2002年から、これまでの分かりにくい上に虚偽表示される表示を整理するため、農水省と厚労省の「食品の表示に関する共同会議」で検討中とのことで、日消連として、消費者側からの食品表示法への意見を提出準備中だという話が導入口。
 では、どこまで分かるか、商品例として「つぶつぶメロン」の表示をみて説明してもらった。
1.原材料名について  
①小麦粉 :国産を特色ある表示とする場合は原産地の%を表示する(例:国産100%)輸入小麦粉の学校給食パンから残留農薬を検出(2000年調査した例、市販のパンからも検出されている。
②糖類:砂糖。異性化液糖(ぶどう糖と果糖を主成分とした液状の甘味料。でんぷんから作る。でんぷんは主にアメリカのトウモロコシ。砂糖より安価のため多用)。遺伝子組み換えの問題もあり。
③精製加工油脂:植物性油脂を固形化したマーガリン・ショートニング等はトランス脂肪酸を生成。健康エコナは脂質主成分の80%を占める合成化学物質ジアシルグリセロールが発がん促進作用の疑い。厚労省で検討中。
④膨張剤:一括名表示。炭酸水素ナトリウム(重曹)、炭酸アンモニウムなど。
⑤乳化剤:一括名表示。グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、卵黄レシチ、大豆サポニンなど。(これらは界面活性作用のために使用)
⑥イーストフード:一括名表示。塩化アンモニウム、硫酸マグネシウム、ほか。
⑦V.C:合成ビタミンC(L-アスコルビン酸)、酸化防止剤としては表示される栄養強化剤としてのビタミン類28種は表示が免除される。
⑧クエン酸:酸味料や膨張剤、pH調整剤(一括表示)としては表示されない。栄養強化?
⑨香料:一括名表明。合成と天然。合成香料は4000種の化学物質使用。協和香料化学の違反事件。
⑩着色料:カロチン色素は野菜等の黄色、ビタミンA 。タール色素は12種のみ許可。
天然着色料は一括名表示。カニ色素、金、銀、タマネギ色素、トマト色素など。
⑪酸化防止剤:B.EはビタミンE(トコフェロールE)。
⑫アレルギー物質を含む食品の表示:原材料の欄に表示。いちばん最後に(その他大豆由来原材料を含む)あるいは、原材料の一部に大豆を含むなどとまとめて表示する場合もある。
 保存料のソルビン酸、安息香酸。漂白剤の次亜塩素酸ナトリウム。発色剤の亜硝酸ナトリウム(肉のアミンと反応してニトロソアミン)。
  その他の表示についても説明があった。 (続く)

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日韓労働者連帯集会

 韓国民主労総と全トユニオンの話
 全トヨタ労働組合・若月委員長、笹島日雇労働組合・大西委員長、愛知全労協・三輪議長の3人の呼びかけで、「日韓の労働者・市民をむすぶ名古屋集会」が、昨日の午後開かれ、およそ70人が参加した。
 この日韓国からやってきたのは、韓国民主労総の全国不安定労働撤廃連帯 組織委員長の梁漢雄(ヤン・ハンウン)氏であった。
 この集会の呼びかけの主旨は、「・・・日本に最も近い国・韓国においても、1500万人の労働者のなかで非正規労働者は900万人を占めており、雇用が脅かされています。李明博(イ・ミョンバク)政権は財界本位の政策をすすめ、現在非正規職法改悪(非正規職2年経てば正規職に転換の現法を4年に期間延長)を進めており、非正規職の増大、大量解雇につながり、劣悪な労働条件を強いるとして、民主労総を中心として闘いが継続されています。また、ソウルの龍山(ヨンサン)では、再開発を理由に職も住居も失う人たちを焼き討ちする痛ましい事件も起きています。
 日本も韓国も非正規雇用などの労働者の置かれている現状は共通であり、東アジアの平和とともに日本と韓国の労働者の連帯が必要ではないでしょうか。ちなみに今年は、『朝鮮独立3.1宣言』から90年、来年は日韓併合から100周年と言う節目であり、よりいっそうの友好と連帯が重要です。国際的な視野を持って、グローバルに展開する企業戦略に対抗して、働く者の生活と権利を向上させる闘いを広げていきましょう。」というものであった。
 ヤン・ハンウン氏の話は率直で、李明博政権を徹底して批判しつつ、米軍基地拡張の平沢(ピョンテク)では5人が権力に焼き殺された。これらの闘いは今も続いてはいるが、現在の非正規雇用労働者の首切り、貧困化の状況に対しても、かつてのような労働者の決起がない。それは、行動に出ることによって自らのクビ(解雇)を恐れるからであり、正規雇用労働者もまた、自らの職と職場(会社)を守るために汲々としている。組合指導部の呼びかけには、なかなか応じないということであった。
 そうであれば「韓国民主労総」の真骨頂が問われるわけで、とりわけ「キリュン電子(日本のNTT)」「KTX(高速鉄道・韓国版の新幹線)」「New core(?)」[Cos com(証券)]の4つの闘争を軸に展開していくであろうとのことであった。
 韓国にはもう一つのナショナルセンター・韓国労総というのがあって、こちらは、正規雇用労働者を中心に組織され、「政府に擦り寄るばかり」だという。
 日本側からの報告はATUの若月委員長で、トヨタの実態について表などの資料を基に、闘いの報告と現実的な問題を提起しつつ、労働組合の存在と社会的責任について強い調子で語り、「ゼネスト起こすくらいの闘いが必要だ」と言い切った。そしてなおかつ運動のグローバルな視点を忘れなかった。
 本集会の問題提起の発言者は、一方は韓国のナショナルセンターの幹部で、日本の側は少数の自立組合の委員長という違いはあったけれども、共に、現場の第一線での闘いの報告であり、「非正規雇用と貧困の問題」では共通するのであり、従来のような単なる交流集会とは、やや異相な印象を受けた。ある意味では、主催者の思惑を超えるものを内在していた集会であったと、私は高い評価をした。もっと多く若い労働者に聞いてほしい内容であった。 
(追い書き)

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2009年4月18日 (土)

河村候補の話を聞く

 ミニ集会だから聞けた
 緑区在住のNPO・市民フォーラムのメンバーが呼びかけた、河村たかし候補を招いてのミニ集会が行われ、文字通り「老若男女」20人弱の人が参加した。主催者以外に私の知る人はだれ一人いなかった。もちろん、民主党関係者も。
 最初にNPO事務局長の藤岡さんから、3候補のマニフエストを比較しつつ、河村候補の政策について重点的な話が30分ほどあった。そこでわかったことは、今回の市長選挙にあたっては、その政策スタッフの中心に、後房雄氏を中心とするこの「市民フォーラム」のメンバーが、個人として深くかかわっているらしいことだった。そういえば新聞報道でも、後氏が河村候補の支援の側に回っている記事を読んだ。
 かつて、愛知万博の総括をめぐって「市民フォーラム」主催の「市民参加の検証と拡充のためのフォーラム」というのがあって、そこには推進派、中間派、反対派など毎回2~3人ほどが呼ばれて、30分ほどの意見陳述と、後房雄氏との質疑討論が行われた。数少ない反対派・慎重派の中に、どういうわけか私も呼ばれて、万博と知事選について語ったことがあったが、後氏に対する私の印象は、必ずしも好ましいものではなく、その後選挙があると度々登場する彼の見解を、それなりに関心を払ってきた。
 そのような経緯を知ってからこのマニフエストを読んでみると、河村ビジョンの肉付けをした跡が感じられないこともないではなかった。3者のマニフエストを読む機会を得たので、改めてじっくり読んでみたいと思う。
 さて、河村候補の話は20分ほど、日焼けした顔に、低いガラガラ声(演説で声枯れのせいでもあるが)で奔放にしゃべる様子は、率直にいえば、こういうのは「好き嫌い」に別れるだろうな、という印象は免れない、と思った。しかし、いっぱしの候補者であれば、話を聞けば聞くほど、印象とは別に大体が納得するものである。終わってからの、参加者による車座の感想会でも、大学生からもそんな感想が述べられた。
 若干の質疑の時間があったので私も手を挙げ、「3兆円を超える市の借金(市債)について、誰も語らないが、どう考えているか」「このままでは、せっかくの政策も議会で否決されることもありうる。議会対策についてどう考え、議会の承認を得ないで、市長の裁量でできる政策にはどんなものがあるのか、1,2例を示してほしい」と質問した。河村候補は・・・。 
<名古屋市長選挙を考える・18>

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2009年4月17日 (金)

ふと又、活動家の過労死を思う

  TMPCWAを支援する会の会議で・・・
 私が関係する運動の、人の周辺状況は、「豊富な運動経験の持ち主が多い。それゆえ高齢で、多重の課題を取り込み、断ることを知らないタフな人たち」と言える。しかもほとんどの場合無報酬、無休暇である。
 私のそれは、それほどでもないが幾らか経験したこともあり、いまではテリトリーの線引きをかなり意識的に引いている。「反貧困、派遣切り、派遣村」「設楽ダム建設反対」や、このたびの市長選挙、衆院選挙に対しても腰が引けているのもそのためである。それでも、読書ができないとぼやいているのである。
 豊田市で開催された、今日のTMPCWAを支援する愛知の会の会議でも、最高裁要請行動への取り組みに、いま一つ乗らない理由の背景には、運動の中心を担う人の運動量が飽和状態にあるのではないか、そんなことを想起させるのであった。
 いつかは、「活動家の過労死」を目の当たりするかもしれないと思っているが、先日、関東のピースサイクル運動の関係者が急逝されたが、その通夜には200人ほど訪れたと聞いて、かなり幅広く運動に打ち込んでいたのだろうと推し量った。
 名古屋のTさんも、古希を迎えてなお第一線で檄を飛ばし、動き回っている。時々咳き込むこともあるので心配しているが、自制がきかないタイプかもしれない。それをみてしまうと私の腰がまた引けてしまうのである。
 その昔、「活動で過労死しない」ために、「会議は2時間、午後9時までを厳守」と主張したOさんの話を思い出し、またまた「活動家の過労死」を考えてしまったのであった。
  冷静に考えれば、現役の人たちは、6時ころまで仕事して、夕食もそこそこに10時過ぎまでの会議が繰り返されるわけだから、生半可な体力では持たない。持続すれば過労になるであろうから、「会議は2時間、午後9時までを厳守」は、歯止めに有効性があるに違いない。もっとも、現在進行形の運動は、「いま何をなすべきか」「明日、1週間、1カ月の予定は?」となるから、その日のうちことを終えることは容易ではないことは確かである。
さてどうしたものか。

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2009年4月16日 (木)

私的時間が戻るか

 リンクス、雑談の櫂を終えて
 昨日、「雑談の櫂」の印刷を終えたので、今日はその発送作業と配達で1日が暮れた。
 印刷は16ページ(B4裏表の4枚)、50部であるから、30分そこそこ。折り曲げセット作業は40分程度。家に戻って、「C&Lリンクス」や「4・29集会」のチラシ、ピースサイクルの署名用紙などの同封物もそろえて、宛名シールを貼って封印。発送、配達の総数が50弱。
 これで「雑談の櫂」は6月まで、リンクスは5月半ばころまで予定がないので、しばらく解放される。「ATUサポート市民の会・れいめい」は連休明けに本格化させ、「老兵たちのフォーラム」のレジュメも連休明けの予定であるから、約2週間は、家事に幾らか時間を割かねばばらないが、私的時間が取り易いことになる。読書、ハイク、文書整理、「ある構想」も進められそうだ。
 配達過程にある扇川緑道を自転車で走るのには、いい季節となった。川にほど近いところに住居を構えるHさん宅では、大きなモミの木であろうか、その木の下で豆を挽いたコーヒーを頂戴した。この時期を過ぎると、虫が這い出てきたり、もっとすると蚊の襲撃に遭う。周辺は新興住宅地となって家並みがそろっているが、Hさん宅は地の家であるから、大きなクスノキ、桜、蜜柑、柿の木があったりするのである。
 扇川緑道の桜はほぼ散り果てたが、そのかわり新緑がまぶしいほどである。いい日和の午後だった。

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2009年4月15日 (水)

雑談の櫂・春号Ⅱ仕上がる

 季節感を出したいが・・・
 第11号が何とか仕上がった。前号の発行が3月20日であったから、1か月に2号を出すのは初めてであった。だが「四季雑談の会・春席」が今週の19日であるから、この時期に出すのは既定方針。昨年は4月1日発行であったから2週間遅れ、今日中の印刷と発送まで終えねば、事前に会員に届かないかもしれない。
 表紙を飾る季節の花は、「花水木(ハナミズキ)」を取り上げた。旧鳴海球場(現名鉄自動車学校)に至るメイン道路の両側にある街路樹は花水木で、今が満開に近い。四苦八句・川柳は、<さくら>がテーマ。巻頭詩は「春田」を仕上げた。最終行は「緑寿なるパソコン前に春田うつ」??ま、いいか。
  随想・くらしの周辺は<ショッピング>で、作詩のころ、こころは。2006年7月ころの作品「叱られて」を取り上げた。四季の記は、熊野古道・伊勢路ハイキングを含めた6篇、私の映画観賞記録は「地震列島」、あとは春席のテーマ「食品の安全と安定のお話2」とその案内。5月2日の東濃ピクニックの案内を再掲した。
  なにせ、「四季雑談の会」と四季を冠しているので、何とか季節感を出したいと編集を心がけるのであるが、次の素材探しは、発行の目途がたったころから始まる。次号は「薫風号Ⅱ」にしたいが、また1か
月の期間しかないから、今年は6月半ばの「梅雨号」にしようかなとも。「夏号」は7月末である。

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2009年4月14日 (火)

APWSLをなんとしよう

 3地区代表の意見交換
 APWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)の、首都圏、関西、愛知の3地区の代表による意見交換の場が名古屋でもたれた。
 愛知の代表は選挙で忙しいため、私だけが出席したが、昨年6月に結成したばかりの愛知から、まだ報告するような活動はないものの、「トヨタと向き合う」「女性・くらし・文化」を軸とした国際交流と連帯活動がAPWSL愛知の方向性であると改めて提起した。その関連で、インターネットで「トヨタ関連ニュース」の英語版を「APWSL国際ML」への投稿を始め、毎月1回、5項目前後を発信していく予定であること。それと「日韓労働者交流」の機会があれば、「自動車関連」と「女性・くらし・文化」の二つの課題で参加したいという希望を伝えた。
 他に、APWSL日本委員会の総会は7月に関西で開催すること。日韓交流計画は、再び延期して今秋に「交流計画の予備調査」の形で代表派遣を試み、来春に本格派遣という案で取りまとめられた。
 国際交流と簡単に言っても、言葉の問題や費用の面ばかりでなく、交流するにふさわしいテーマの設定と準備が必須である。またOBや研究者だけでは、成果も半減するから現役活動家の派遣が可能かどうか、訪問先の受け入れ体制がとれるかどうかなどの問題があって、たやすくはない。まあしかし、そういう努力なしでは、物見遊山に毛が生えたもの程度しか得られないであろう。
 私が渡韓したのは1993年であるからもう16年前になる。そのころはまだ「民主労総」は結成準備段階であったが、当局から非合法組織とされ、タン委員長は「地下活動」を余儀なくされていた。それから10年くらい経ってから民主労総のメンバーが来日したとき、持ってきた映像には「非正規雇用」に反対する運動が既に始まっていた。そのような日韓の相互関係をつぶさに見ていくと、問題の本質や前ぶれが見えるかもしれず、交流することに意義は大きいことは確かなのである。

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2009年4月13日 (月)

C&Lリンクス愛知・第50号

 市長選&衆院選
 市長選と衆院選をテーマに、12頁の第50号を発行することができた。内容はブログに掲載したものをまとめたにすぎないが、インターネットに縁のない人を中心に配布する。通常70部のところ95部に増やしたが、この程度のものであるから、選挙運動に寄与させようという意図はない。
 復刊させたのが2007年の10月で、これまで12号発行したから、概ね3か月に2号の割合である。
 表紙は巻頭詩「労働の現場から・3」と
、450字ほどの「ひとこと」を載せている。以下の内容である。
 「呼び名 ― 毎年1回、1泊2日の自動車産別交流合宿が、今年も豊田市で開催され、トヨタ、日産、いすゞ、三菱の車体メーカーの他、バックミラーの村上開明堂など、労働組合、ユニオン、活動家、研究者などが参加した。
  私は、現役時代からOBとなった今でも、ほぼ毎回参加してきたが、現場を離れて12年であり、今は全トヨタ労働組合をサポートする市民の会という立場からの参加であった。
  「非正規・・・」「期間工」という、この呼び方について苦情が来たんだ、という発言があって、ひとしきり、呼称について話題になった。
  「正規、非正規・・・には、雇用をつけて正確にいうべきだ」「職員、工員という呼び方があったが、一くくりにして社員というようになった。これは職工格差の隠蔽だ」「それはあるとしても職工格差の撤廃か是正は、我々の仕事でもある」
  結局「正規雇用労働者、非正規雇用労働者」は、他に言い換えが見つからなく、期間工は「期間従業員」に落ちついたが・・・。
  Mの職場では、人材派遣会社からの派遣社員を「人派(じんぱ)」と呼んでいると聞き、一同唖然としたものだった。」
  次号は未定だが、引き続き衆院選を取り上げ、直接かかわっていない名古屋市長選挙であるが、なにがしかの感想でも書いてみたい。

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2009年4月12日 (日)

衆議院選挙を考える15

 坂後援会が始動
 相変わらず解散総選挙の時期は不明であるが、5月に抜き打ち解散か、補正予算成立直後かという説が流れ始めている。麻生内閣の支持率上昇傾向と小沢代表の辞任を求める世論の高まりが背景にあるともいわれる。千葉、秋田での知事選の結果も弾みをつけるかもしれない。また、公明党の意向を汲んで7月12日の東京都議会選挙を配慮するともいわれているが、麻生総理は、意外と意に介さないかもしれない。とすれば6月選挙もないではない。
 と、まあ、気をもんでいても仕方あるまい。党の支援に比重を置かないで市民主体の、自主的で創意を凝らした選挙運動をめざす、社民党・比例東海候補者、坂喜代子の、後援会旗揚げとなる4月29日が、坂喜代子の実質的に選挙戦のスタートとなるが、どうみても準備は遅れている。しかし見方によっては、力量からして、任期満了の9月選挙となるとかえって体力不足がマイナスに働くかもしれない。
 昨年から準備してきた他の候補者はかなりお疲れではないかと思うのだが、とにかく一応、5月(6月)と9月(8月)の両構えで行くしかないが、当面は、5月の短期決戦を準備せざるを得ないだろう。その緊迫感が選挙態勢をつくるエネルギーになるかもしれないし、そうしなければいけないだろう。会議から1週間で、こじんまりとしているが、金山駅近くに事務所を構えることができたのは、それなりの人の集まりと機動性、集中力があるという証明である。そこで、またまた思いつきであるが、名古屋市長選挙の戦略化とともに、坂後援会が当面すべきこととして、こんなことを考えてみた。
1)すでに候補者が勤務時間外で行動している、訪問活動、街頭演説をさらに緻密化する。
2)とにかくリストアップと地域的区分と協力の度合いのランクをもって、「地域・マンマップ」の作成と、連絡体制をつくること。チェーンメールの試みはアイデア次第。
3)ミニ集会・車座集会・懇談会などの設定を順次つくっていく。
4)候補者以外の、各種集会への人の派遣のための「講師リスト」を作成、その人の日程の確保。
5)社民党のロゴが入ったのぼり、シンボルカラーののぼりなど目立つものが必要。
6)マスコミの“応援”を得るための戦術が必須。そのためだけの戦術会議の早期開催。
7)社民党も坂喜代子も知名度は高くない。著名人の応援は条件の一つ。その人の日程を奪取。
8)「格差社会」をなくす運動のネットづくりを意識的に進める。これがもう一つの運動である。
 とまあ、“○○八策”ではないが、八つの提案を試みたが、どうだろうか。

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2009年4月11日 (土)

名古屋市長選挙を考える・17

 告示を前に、逆境下の河村に勝機ありやなしや
 結局昨夜は、名古屋市公会堂で開催された候補予定者3人の公開討論会には足を運ぶことはなかった。
 毎日新聞によれば、参加者は1000人ということだったが、かなり空席が目立ったということだろう。手前勝手にいえば、あと1000人で満席にしようとするなら、「私たちのような層」が参加して初めて可能ではないだろうか、とエラそうに思ったものだった。
 なんだその「私たちのような層」というのは?と問われると答えづらいが、「無党派市民、60代以上、選挙運動経験者、好奇心旺盛」でなおかつ「是非にもこの人を、をもっている人」というところであろうか。
 さて市長選に関して、これまでの動きを新聞報道から拾ってみると、
◆3月19日、税金の使途を追及する「名古屋市民オンブズマン」(倉橋克実代表)は19日、本丸御殿の復元など4テーマについて、3人に質問状を送付。その回答は4月3日、全文をホームページ上で公開した。
◆3月22日、名古屋市内のホテルで中日新聞社が開いた立候補予定者討論会では、現市政に対する評価や景気雇用対策、行財政改革などが論じられた。
◆4月7日、市民グループの「公開質問状」の回答が公開された。
◆4月9日、3氏の考えを直接聴いて人柄に触れ、素朴な疑問を投げかける若者のための集会「直(じか)に政治家!サミット」(アースデイ愛知実行委員会主催)が、9日名古屋市中区のクラブ「マーヴェリック」で開かれた。
◆4月10日、名古屋青年会議所とNGOリンカーン・フォーラム中部主催の公開討論会が、名古屋市公会堂で開催され1000人の市民が参加した。
 さて当の河村といえば、想定の範囲内とはいえ、連合愛知、市職労にもそっぽを向かれ、小沢代表をめぐる中央のどたばたも悪い材料となっていて、自転車とテレビでの顔が“売り”だけでは、230万都市の首長は難しいかもしれない。大阪や東京の有権者(には誠に失礼だが)とでは、名古屋人気質は違うように思うからでもある。
 また、河村たかしの「河村ビジョン・庶民革命」を一通り読んでみたが、なんというか異論、反論、意見、提言したいと思いつつ、ついにその意欲が出てこなくて半ばで頓挫したままになった。
 河村選対のMLを担当することになったというYさんも、一生懸命のFさんも、私の考えとは大同小異と受け止めたが、あとは行動力の差だけであろうか。そして、一般的には、自民、公明、財界の保守・組織動員力と、河村の知名度との争いの感がするが、そうだとして有権者が、肝心の市政の内容で選択しないとしたら、これまた困ったものだ。本番に入ってからでは遅きに失するかもしれないが、方法はいろいろあろうが、「私たち」が盛り上げねばならないことは確かだ。
 総じて、この「逆境下の河村たかし」に、むしろ河村の可能性があるといえるかもしれない、と結んでおこう。

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2009年4月10日 (金)

現在、多忙中です

大小の原稿の波が寄せてくる
  4月15日の印刷、発行をめざす「雑談の櫂・第11号」が大詰めを迎えているが、巻頭詩と随想で止まっている。「四苦八句川柳」は、八作目が浮かんでこない。
  「C&Lリンクス愛知・第50号」は、名古屋市長選挙「アンケート」に回答したものが完成したことで、何も手をつけていないが、15日完成に、何とか目途が立ちそうだ。
  緑区に、河村たかし応援の「勝手連」立ち上げの要請が来たが、これは断った。ところが、地元の女性から相談を持ちかけられ、事情を話して関与は辞退した。しかし、間接的な協力は避けられないだろう。
  「ATUS・れいめい第6号」は5月15日発行予定だが、今月中に目途をつけておかねばならない、連休明けの日程が立て込んでいるからだ。
  社民党比例東海・坂喜代子予定候補の後援会「発会式」が4月29日に開催される。それに関連して文書作成依頼が来て12日締め切りだったが、1枚原稿だったので、書き上げて送った。
  さて今夜の名古屋市公会堂での、市長選候補予定者3人による「公開討論会」はどうしようかな。行ってみたい気持ちもあるが、時間もほしい。前回の知事選の時は「勝手連」にとっても出番だったので、何をさておいても出かけたものだったが、たった2年の歳月ではあるが、人の心も生き方も、とどまることを知らないらしい。いやこれは、私だけのものかもしれないが。
  大波 小波 寄せては返し
  はじけて飛び散るしぶきの数ほど生きられないが
  あれもこれもの欲は断ち難い
  波の形 高さが違うように
  きのうときょう 今朝と夕方
  同じということは何もない
  何もないとすればそれが同じか
  でも 頭の中は全く別
  櫓櫂をなくした小舟は
  大小の波に翻弄されていまも漂う

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名古屋市長選挙を考える・16

公開質問状について<私>の回答・4
Ⅳ、議会改革について
  本会議の議論が台本を読むだけのようです。一問一答方式による行政との質疑や、議員間の議論もまったくありません。また委員会の一般傍聴も、席数がごくわずかで、市民が参考意見を述べる機会もありません。先進自治体ではすでにさまざまな改革が進んでいます。
①行政と議員とが事前打ち合わせをする議会運営についてどのように思われますか?
<私>コメント:行政として責任ある答弁をするには、議員がどんな提案、質問をしたいのかを知っておいた方がいい。従って、質問の主旨を予め示してもらいたい。だが「一問一答」だけで終わったのでは、それは議論、討論したことにならない。2弾、3弾と内容を深める質疑があってこそ議論は深まる。その方式を慣習、時間制限で採用しないのは、議長団の責任であり、議会運営委員の怠慢か無責任性による。行政の側としては、最大限答弁に努めるので、議会の在り方については、議会側で積極的に改革してもらいたい。
②委員会傍聴の人数制限、傍聴人に発言権のない議会のあり方をどう思われますか?
<私>コメント:委員会の傍聴制限は、物理的に制限されることはありうるので、現行の10人というような制限から、30人ほど傍聴が可能なスペースを確保することから始めたい。10人か30人かという数的根拠は乏しいが、私の経験ではこれまでの傍聴希望者は、特別の場合を除いて10人から20人までと記憶しているから、どこに市のスペースがあるかわからないが、当面30人程度を念頭に、改善を図ったらどうかと考える。
 発言権は、委員長の裁量権に含まれているのが現状ではないだろうか。制度的に考えると、委員会開会当初から、委員、傍聴人が一緒になって議論することは、いい方式とは思えない。審議の議案について各委員があらかじめ市民の声を聞き、自らの考えを整合させながら委員会に臨むというのも一つの方法。委員長の裁量で発言者の人数や発言時間について予告して認めるのも一つの方法。状況次第で委員会の時間が大幅に延長されることも想定され、議論の質を高める努力は、傍聴人の発言権以前の問題であろうと思われる。
 いずれにしても、これは議会、議員の側の問題であって、行政の側としては、委員、傍聴人にかかわらず、採用できる意見、提案については謙虚に受け止めたい。
③議会改革について具体的にどのように考えておられるか、お聞かせください。
<私>コメント:多分、行政の側から「議会改革云々」といえば、議会から反発を買うことになろう。
  そこで、行政の側から議会に臨むにあたっては、行政上の議案・施策は議会の承認を前提としていますが、パブリックコメント(パブコメ)の有効的な運用をさらに研究し、事案の現場主義を徹底させ、より高い成案を得るようにします。そうした裏付けと計画性のある議案の提出に心がけることが第一と考えます。
 次に、議員と接触するインフォーマルな機会を党派に関係なく、可能な限り持ちたい。「成熟した議会制民主主義とは、どんなものか」という、非議会的意見交換、研究の場が持てればいいと思う。地方自治に情熱と見識、広い視野を持った議員諸氏が、議会に参集されることを切に望む。 了

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2009年4月 9日 (木)

本日は外食なり

  一人、ラーメンを食す
  予定が大幅に外れて、夕食を外でとることにした。
  地下鉄野並駅近くの中華飯店。夫婦二人で賄うこじんまりした店。この時代、アルバイトでもパートでも雇うほど客の回転は良くないとも言える。だが生花が瑞々しく感じられたので、さびれた感じがしたわけではない。 
  ラーメンの味はやや濃いめで麺もさして特徴がない。刻みネギに、落語に出てきそうなほど薄いチャーシュー(焼き豚)が1枚だけ。メンマくらいは入れてほしいなあ、鳴門巻に海苔があれば・・・。値段からして欲が深すぎた。それでなくても他人に推奨できるほどのラーメンではないことは確かだ。
  私は元来甘党で辛いものは苦手だが、ラーメンには、1~2滴、ラー油をたらして食す。コショウよりはいいのではないかと思っている。
  セット料理の相棒は、八宝菜であったが、白菜、玉ねぎ、にら、シメジ、山芋、大根、ゆでたけのこ、豚肉までは確認したが、人参、きくらげはなかったように思う。イカかむきエビでも入っていないかな、と探したがなかった。鶴舞駅近くの中華料理店では確か入っていたと思ったが・・・などと下らんことを考え、「ふと思う豚骨ラーメンて凄いやつ」という駄作の川柳を思い浮かべながらの、本日の夕食だった。

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名古屋市長選挙を考える・15

 公開質問状について<私>の回答・3
Ⅲ、市の収入減を見込み、下記事業をどのようにお考えですか?
①徳山ダム導水路(木曽川水系連絡導水路計画)への負担金支出について 
A 必要   
B 不要   
Cその他・具体的に
<私>A コメント:残念ながら、前任者が調印しているならば、負担義務が生じている。こののちは、計画の凍結または中止の可能性を早期に探る。愛知県と共に「水需要と財政問題」について広く情報を公開し、県民、市民にむけて「計画の凍結または中止」の世論形成に努める。
 
②中部国際空港2本目の滑走路建設への負担金支出について  
A 必要   

B 不要   
Cその他・具体的に
<私>B コメント:空港建設の是非の段階では、「建設反対」であった。開港して運用している現段階では、需要の動向から、2期工事は必要の根拠が乏しいので、工事自体の計画を断念すべきと考える。空港会社独自の資金で建設する場合は、名古屋市としていかなる名目であっても、その出資、負担に応じることはない。 
(続く)

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2009年4月 8日 (水)

 兄弟・姉妹の写真

 少ないのに驚く
 「詩とファンタジー」の第6号に、投稿詩「誕生日」というのが掲載されていて、誕生日プレゼントを妹が兄にせがむ情景がその書き出し。
・・・兄を困らせ 思案させ/二人で行った 写真館  家族写真は 多いけど/ご兄弟とは 珍しい/受付嬢に 驚かれ/兄は頷き 苦笑した ・・・
 イラストは宇野亜喜良で、瞳の大きい少女が描かれているから、一見して10代の中高生の作品かなと思わせるが、「受付嬢」の一言で年配者と分かってしまう。作者の中村聖子氏は、50代前半の詩歴の長い人のようである。
 それはともかく、兄弟、姉妹で写真館など行きもしないが、思いもしないことであった。旅行や花見、祭り見物にすら行くことはまれで、結婚式か葬儀のときの集合写真、新年会の時などに、稀に撮ることくらいしかない。
 思い返して見ても、私には兄3人がいたが、二人並んで撮った写真があったかどうか思い出せない。多分ないだろう。親と兄弟が一つ屋根で暮らしているころは、我が家にはカメラがなかった時代であるし、私が自分のカメラを手にしたのだって18か19の時だった。そのころは既に、兄弟は別の生活を営んでいたから、連れ立って出かけることなどなかったわけだ。
 息子夫婦に子供が二人いて、どちらかの誕生日には写真館に連れて行って、姉弟揃いで写真を撮ってくるが、中学生になる頃には、それもなくなるかもしれない。どうしてだか、それはよくわからないが、生活も行動も意識も、内(家)から外に向けての割合を多くしていくからでもあろう。
 詩に書かれたような光景は、作者の遠い昔の、ひそかな願いだったかもしれない。とすれば、慕っていた兄は既に、先に逝ってしまったのかもしれないと、勝手に想像してしまった。

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名古屋市長選挙を考える・14

 公開質問状について<私>の回答・2
Ⅱ、市民参加の名古屋市政について
 世界的経済不況の中、名古屋市でも企業の減収減益、人口減などから市税収入はピークを越え、次第に減少すると予測されています。今後の自治体運営は「市民ができることは市民が実行し、市民ができないところを行政が担当する」市民と行政とが協働し実践しないと成り立たないと言われています。名古屋市民220万人が、どのように市政に関わることができるか、市民参加・市民自治の視点からお答えください。
① 区政協力委員、町内会組織など「地域有力者の私物化」などと弊害を指摘されている行政の末端組織の改革について。
A 必要    
B 不要   
Cその他・具体的に 
<私>C コメント:区政協力委員制度の改編については、「謝金(手当)の是非、適正化」や「任意団体か否か」「任期の有期制」、いかなる表彰制度の対象としない、町内会組織との関係などを調査・研究対象とする。ボランテア思想の普及に努め、あくまで任意、自治、ボランテア組織の方向をめざす。
 
② 住民の窓口である、区役所のあり方をどのように考えられていますか?
A 従来どおり  
B 区長の権限を拡大する。(具体的に)  
C その他・具体的に   
<私>B コメント:区の人口が10万人を超えたら、これはいっぱしの「市」であるから、それは一つの自治体とみることができる。だが、その地域の歴史的な根拠もあるから、10万人を超えたら分区するというものでもない。また、区の上に市がある屋上屋を重ねることがいいとも言い切れない。
 そこで、市が統括する部分と、区が市民の窓口となって行政の多くを担務する部分を明確にする必要がある。そのうえで、「区議会」の開設を構想すべきであろう。区議会は、原則として、無報酬、夜間・休日議会、議員の男女同数、世代配分制などを採り入れる。
 このような区の運営には、区長の権限と予算措置が必要であり、住民の英知と、自主的な参加が欠かせない。

③ 名古屋市職員には、どのような職員像を求められますか?
<私>コメント:職員として名声、社会的地位、資産を求めるとしたら、場違いと心得た方がよい。逆に「公僕」と称せられ、へりくだる必要もない。
 地球的にものをみて、考え、地域で職場で行動し、仕事に励んでもらいたい。行政と市民、自治組織との間に溝、塀、垣根を作らないでほしい、上下意識を持たないでほしい。
◆ライフライン(消防、上下水道、交通局、保健・医療など)上の職員は、危機管理意識を強く持ってもらいたい。
◆教育ライン(保育・幼稚園、小中高大の教職員、図書館、教育・学習施設職員)は、環境問題、人権問題、文化活動、郷土・歴史教育に情熱を燃やしてほしい。
◆マネーライン(税務・財政他)の職員には、税金の無駄遣いの監視、公正な歳出(議員圧力の屈しない)、健全財政(借金返済)を心がけてもらいたい。
◆ブレーン(副市長、部長、秘書他)は、市民の動向に絶えず留意をして、市長と対等に意見を述べることができる関係を築いてほしい。職員からの創意や提案に耳を傾け、アイデアを出してほしい。
◆採用されて間もない職員には、担当部署の役割、他との相互関係を自覚して、自らの仕事の意味と価値を見出して励んでほしい。
 ・・・初登庁の時の、全職員の前でどんな挨拶(訓示)をすることになるだろうか。以上のようなことを網羅していては、長くなってダレそうだ。まあ、その時はその時でまた考えることにする。
 (続く)

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2009年4月 7日 (火)

名古屋市長選挙を考える・13

 公開質問状について<私>の回答
 市民グループが4月2日を期限として、現在立候補が予定されている3氏に、公開質問状を出していた。その結果は聞いていないが、私ならどうする、と回答を試みた。
Ⅰ、民主主義の基本である情報公開について
 市政における問題点や、それに関わる論議の中味を市民に公開する必要があります。
まず行政に係る事柄の情報公開についてお聞きします。
①市の予算編成の過程について、市民にどんな形で情報公開を考えられていますか?
A 「広報なごや」に掲載     
B 編成過程は公開しない  
C その他・具体的に
<私>B コメント:新市長1年目ではできないが、予算編成は、過去1年の実績とその間、市民から寄せられた声、そして議会の意向も勘案しながら編成作業に取り組む。その時、市長として公約、ブレーンによる状況分析、提言を基に主導権を発揮して「予算案」を仕上げる。担当職員には、脇目を振らずに専念して仕事をしてもらう。「予算案」は議会に提出し、議会がどのような形で市民の声を反映させようとするのか、その点で行政として正面から議論に応じる。

②政務調査費の使途の情報公開・支給方法について、どのようにお考えですか?
A 一万円からの公開でいい  
B 領収書全面公開  
C 領収書提出後・後払いにする
(B.C)に答えた方にお聞きします。
 どのように変えるのか、支出責任者としての意見をお聞かせください。
<私>C コメント:まず、議員報酬と政務調査費、費用弁償について、その位置づけ、適正金額について再検討する。民間と同じように「生活給=基本報酬月額」「職務奨励給=政務調査費」「交通費=費用弁償」に区分する。
 生活給は「市職員の課長級から部長級」の賃金を参考に算定する。職務奨励給は、議員個人が対象であり、目的と結果の報告を求め、領収書添付のうえ、後払いとする。上限(報酬月額の4分の1程度)を設けるが、領収書は、保管され全面公開とし、情報公開の対象とする。

③議員への費用弁償について、どのように考えられていますか?
A 必要  

B 廃止する  
C その他・具体的に
<私>C コメント:議会、委員会、調査出張などいずれについても、それは職務の範ちゅうであり、「日当」に相当するものの支給は重複となるので支給しない。日曜、祭日についても、年間非活動日から勘案すれば「代休」相当が付与されるので特別に付与しない。交通費等は、原則として市営の地下鉄、バス(含あおなみ線)利用とし、全線無料乗車券を支給しこれに代える。車での登庁は原則として認めない。職務上、市営の施設のない2キロ以上の移動手段、早朝、深夜に私鉄、タクシーの使用を認め、実費を精算する。市外出張旅費等は別途、個別判断(規定)する。
 
いずれも議会との関係で市長としてどこまでやり切りことができるか、市民の応援が欠かせない。 (続く)

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2009年4月 6日 (月)

ATU・Sのための1日

 リーフレットと裁判打ち合わせ
 全トヨタ労働組合(ATU)をサポートする市民の会(ATU・S)が、昨秋から制作をめざしていた会員募集のためのリーフレット(A4サイズで三つ折り)の印刷が出来上がった。
 三つ折りするのも手間賃がかかるので、労働団体の機械折り機を借りて1000枚を折った。慣れない二人で、あ~だこ~だと言いながら、コーティングされた上質の紙故に、ローラーが空滑りをして苦労したが、何とか作業をこなした。
 リーフレットの中に挟み込む「申込用紙」も印刷して、これは3等分に裁断する必要があり、初めて使う裁断機をあれこれ操作してこれも何とか二人でやり切った。1時間で終わる予定が30分超過したので、急いで、印刷屋に寄って代金を支払い、上前津の法律事務所に急いだ。
 ここでは、トヨタ関連会社Jで、病気の休職容赦期間満了をもって解雇となったTさんの復職を求める裁判の打ち合わせであった。
 私は初めての参加だったので、まだ全体の様子がわからないのであったが、Tさんの主治医は、期間満了2か月前の時点で、「職場復帰は可能」という診断を出したが、会社お抱えの「産業医」は「職場復帰は無理」の判断を維持したため、解雇に至ったというのである。
 争点の一つは、この主治医と産業医の判断の違いであるが、現場を見知っている(と思われる)産業医の判断が優位のようである。だが、状況によって「段階的職場復帰」というプロセスも制度的にあるようなので、主治医と産業医の違いがあればこそ、段階的な職場復帰を目指すプログラムが用意されてもいいのではないか、という経過措置、会社の努力義務があったのではないか、という論理も見い出せる。
 一方、病気「うつ」に至った原因について、第1にパワハラの有無、第2に職場の労働環境-仕事量、労働時間、責任性などに無理はなかったか。などが争点となるであろう。
 折しも、労災認定基準の見直しが始まった。読売新聞は4月6日、以下のように伝えている。「うつ」などの病気で認定基準が緩和の方向で見直されるようなので、Tさんには、若干の追い風かもしれない。
 「厚労省が認定基準追加
 厚生労働省は6日、うつ病などの精神疾患や自殺についての労災認定をする際に用いる判断基準を10年ぶりに見直すことを決め、各労働局に通達を出した。パワハラなどが認定できるよう12項目の判断基準が新設された。
 精神疾患による労災認定は、ストレスの強い順に3、2、1の3段階で判断される。強度3で新設されたのは、『ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた』という項目。これまで明確な基準がなかったパワハラによる精神疾患については、この基準で判断できるようにした。強度2では、企業の人員削減や成果主義の導入が進んできたことから、『複数名で担当していた業務を1人で担当』『達成困難なノルマが課された』といった基準を新たに設けた。」と。 
(追い書き)

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2009年4月 5日 (日)

船凍イカ

 見てくれ(外装)変われば・・・
 スーパーマーケットの魚売り場の一角に「船凍イカ」が山積みされて売られている。珍しくもない光景であるが、私はちょっと不思議な、というかひょっとしたら「偏見」で見ているのかなと思うことがある。
 私の認識では、日本の冷凍技術は世界一、特に急速冷凍は、鮮度そのままに冷凍するから解凍後は、生モノより鮮度がいいと聞き知った。
 しかし一方で、どんな船にも性能のいい、近代的な急速冷凍装置を装備しているのだろうか。一般的な冷凍では鮮度に差が出るのではないか、が第1の疑問点。次に解凍する技術というか経験・コツもあるのではないか。常温で自然解凍に任せるのか、冷蔵庫で少し時間をかけて解凍した方がいいのか…。
 もう一つは、船凍イカを売るとき、なぜあんなにも乱暴に山積みにするのか。実際とは別に業者側にその程度の価値しかないイカなのだ、といわれているようで、手が出しずらい。
 冷凍ハンバーグ、冷凍たい焼きも同じようで、なんだか「買ってはいけない」代物のように思ってしまう。仮に、あれが一つ一つラップされてきれいに並べられ、「上手な解凍法」という栞でも置いてあったら、大型で1本(パイで呼ぶべきところ、カチカチに凍っているから一本と呼んでしまう)100円程度だから安いと思って多くの人が買うのではないだろうか。
 逆にマグロの多くは船凍で陸揚げされ、解凍されて店頭に並ぶ。時には近海もので「生」のシールが貼ってあるものもあって、「やはり、生は旨い!」という消費者に歓迎されている。少々高めの「生」には、私も誘惑されることたびたびである。
 チェーン店の居酒屋のイカ焼き、げそ揚げは船凍イカを使っているに違いない、と思っていても避けたり、ためらったりはしない。所変われば、みてくれ(外装)変われば同じものも違って見える、ということであろうか。

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2009年4月 4日 (土)

選挙、選挙、選挙

 名古屋市長選挙も本番近しだが・・・
 新聞を見ていると毎週日曜日には、全国のどこかで選挙が行われている感すらする。
 愛知県では、4月26日に名古屋市長選挙と愛西市長選挙及び市議の補欠選挙が行われる。
 今日の午後、社民党・衆議院比例東海候補者、坂喜代子後援会の打ち合わせがあるというので、行きがかり上もあって覗いてみた。そこで知事選・石田選挙以来の再会であったが、愛西市議のYさんと顔を合わせた。Yさんいわく「愛西市長選挙で市民派候補立てたかったが、もう少しの所で・・・。名古屋市長選と投票日が同じ日」という話をきっかけに名古屋市長選挙の話になり、ひとしきり情報と意見交換の場となった。
 家に戻ってからメールを開くと今度は、昨年来から名古屋市長選挙に、市民の側から選挙に関わっているFさんから、「河村たかし応援の勝手連」の誘いが来ていた。長めの文章を読みながら、「そうだよなあ、そうそう」とひとり相槌を打ちながら、「自分としてはいろいろ考え、それをまとめ、冊子にして配り、河村たかしのメールに、意見を書いて送って、とりあえず、やることはやった。だが、のぼりを担いで勝手連で街頭に出る気にはなれないなあ」とでもいった返事を、メールしようかな、などとぼんやり考えたりした。
 さて当の河村といえば、想定の範囲内とはいえ、連合愛知、市職労にもそっぽを向かれて、自転車とテレビでの顔が売りでは、230万都市の首長は難しいかもしれない。大阪や東京の有権者とでは、名古屋人気質は違うように思うからでもある。
 小沢代表をめぐる中央のどたばたも、悪い材料となっているが、この「逆境」にこそ、河村の可能性があるといえるかもしれない。
 河村たかしの「河村ビジョン・庶民革命」を一通り読んでみたが、なんというか再び異論、反論、意見、提言をしてみようかな、という意欲が出てこなくて頓挫したままである。
 YさんもFさんも、私の考えとは大同小異と受け止めたが、意識層はそんなところが平均的かもしれない。そして、一般的には、自民、公明、財界の保守・組織動員力と、河村の知名度との争いの感がするが、そうだとすると、肝心の市政の内容で争われないとしたら、これまた困ったものだ。本番が1週間先に迫っているのだから、我々がもっと盛り上げねばならないということに違いはないのだけれども。
「名古屋市長選挙候補者 公開討論会」というのがある。下記の通りである。
日 時:4月10日(金) 19:00~
会 場:名古屋市公会堂大ホール(2000名) 
参加費:無料
主 催:社団法人名古屋青年会議所
共 催:リンカーンフォーラム中部

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2009年4月 3日 (金)

老兵たちのフォーラム4月例会・3

 安らかな老後を示すことが世代の役目、か。
 70歳代前半になられるもう一人のMさんも、レジュメを用意していた。
 私の見るところのMさんは、自らの人生体験について満足感と自信にあふれていて、議論と分析がお好きで、言葉としてまとめることに腐心しておられるように見受けられる。だから持論を揺るがすことがない。時にそれの批判的な意見に出会えば、「では、みんなの意見を聞こう、それが多数ならそれに従う」という処し方である。だがこれは、持論をひっこめたり修正したりするものではなく、その場の議論を打ち止めにする手段に過ぎないことは明白だ、とまあこういうお人なのである。
 このことを多少は自覚しておられるのか、まず自分のことを自己評価して「理屈っぽい/ムキになる/先輩、後輩にクレーム/単刀直入にいう」と規定しておられたが、自覚と実際に乖離があるやなしや。
 さてMさんのレジュメによれば、
(1)集団における一般的な弊害と老害とオタク(職業)害、があるとして、①一般的な弊害<時間(ルール)を守らない/テーマを無視する/TPO・KYができない>②老化による現象<能力(持続力/記憶力/判断力/TPO・KYなど)の低下>③老害による弊害<自慢話になる/くどくなる/自説のこだわる/他者の意見を聞かない/忍耐力が無くなる/頑固になる>④職業による弊害<教師/銀行/役所関係/文芸と芸術関係>
 まさに自画像を描き、議論の相手を想定した分析と私は見た。
(2)ミーティングにおける特徴と弊害、については3点を挙げて(略)、「自慢話(苦労話)と経験談(特に失敗)の区分けは要注意、後者は貴重な話のときがある」とした。
(3)人間関係の言動の落し前(決着)は、全て本人に帰る。・・・etc。
(4)言動の弊害を自戒するために・・・etc。
 ここで最後の一言が提起者に反論を買った。即ち「若い人に、安らかな老後(後ろ姿)を示して、安心を与えることが老世代の役目ではないか。」が。つまり「それがお節介であり“重し”になるの」であり、意識過剰といいたいのであろう。しばし両者は火花を散らしていた。彼女から見れば、Mさんの物言いは、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」とでも言いたげな(ダグラス・マッカーサーだからこの言葉は使える)在りようは、高慢に映ったのではないだろうか。
 このフォーラムが議論のために議論、言葉遊びや批判、持論の披露の領域だけにあって、「日常性との相互性」が薄弱になった時、ミーティングは終わるのではないかと私は感じている。そう思うと2年半を経た今月の会合は、「中間の通過点」のような気もしたのである。了。

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2009年4月 2日 (木)

老兵たちのフォーラム4月例会・2

 「男性の論理」を突く
 さて、テーマの提起者は、間もなく60歳になろうという女性であったが、日ごろの発言から、ここの「老兵」を含めてこの社会を動かしているのは「男」であるという論理に貫かれていることへの、不信感というより「懐疑」とか「警戒」というような突き出し方だったように思う。
 それは、よくいわれる「つくる人、食べる人」という男女の役割の固定化の存在であり、相変わらず「日常生活を担うのは女」と思っているのではないか、“みなさんの日常生活は見えませんが、家ではどんな過ごし方をしておられるのでしょう”という問いかけもその一つであった。また“みなさんは、おしゃれで、思考豊かにして、外交的な方が多いですが、家事はなさいますか?”も同じ趣旨であろう。
  さらに、もう少し大きな視野で見れば、みなさん(概ね70歳以上)は、「ある時代までは存在しなかった人々が存在し始めた」その時代の人であるという。つまり、私の受け止め方によれば、幼年期から青年期にかけて「戦争の時代」を体験し、「戦後民主主義」と「物質的豊かさ」を手に入れ、一時代をつくる何らかの役割を担い、老いてなお、この時代の政治、社会、教育の問題に持論を展開し、後輩になにがしかの影響力を持つことにためらいがない…。
  彼女はこうもいう。“加齢と共に人は、衰退、弱体、疲弊、崩壊、つまり喪失の代に入っていくのであろうが、老兵は決してそのような弱者ではない。そのことは、後輩の私たちにとって『脅威を感ずる』ことなのです”と。
  それを「老害」と一概に言えないとしても、戦争体験、戦後復興、民主主義社会、家族いずれをとっても、当然その「負」もあるにしろ、トータル性と実践性を伴ってきたからこそ、後輩の私たちと子供、孫の世代にとっては反論することができない、ここが問題なのだと。
 私とはわずか5~6歳しか違わないのに、そういう時代の“重し”を感じるのは、彼女の感性によるところが多いのではないか、という気がしないでもない。
 実は、私は昨日書き記したレジュメを提出したが、それ以外の発言はしなかった、というよりできなかったのである。それは、私たちの時代が「60年安保世代よりは下、団塊の世代よりは上」であって、彼女の「老兵観」とは異相の時代の人間のようにも思われ、なんだかその頭越しに議論がなされている感じがずっとしていたのである。それで私が見る先輩像からは、学ぶべきものは多いとしても“脅威”を感ずるほどの距離感はなく、むしろ時代の変革をなす世代の一員という感すらあった、最後尾ではあったが。
 彼女のもう一つ別の視点は、「(老兵たちの)折り合いのまずさ、自尊心と柔軟さのバランス(に欠ける?)」と指摘し、最後に「長生きはいいことですか」「生きているのか、生かされているのか」「自らの時代、現実を降りる、引退する選択」を問いかけた。「どう折り合うか」を課せられているということであろうか。 
(続く)

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2009年4月 1日 (水)

老兵たちのフォーラム4月例会・1

 老兵から見た、現代の老人について
 
自称「老兵」が、一般論としての「老人についてどうみているか」という今回の課題は、提起者の求めるところが、どこにあるかがもう一つ判然としないのであるが(自画像と重なる)、「老兵の思考・思想基盤と日常性の相互性を問う」と規定してみたが果たして・・・。
 「老人」を、親を通してみる場合と一般的な、つまり他人をみる場合とでは、親には多少の感情移入があって違ってくる。従ってここでは、一般的な「老人」について、私
の見て感じた事を書いてみたい。
1、公衆浴場で
 私の行くスーパー銭湯では老いた体と、老いた人の仕草を目にする。老いた肉体を美しいという目で感じ取ったことはないが、いずれ自分もそのような体を曝すことになるだろう。しかし、なるに任せたままでいいとは思わないので、せめてお尻に“ハリ”をもたせたいものだ、そういう見栄が私にはある。そのためには歩くことは欠かせないと思っている。
 ついでに一言、エチケット-入浴時では、かけ湯して、浴槽には静かに入る。洗う時は、自前の浴用セットで軽く洗う。痰、唾を吐かない、はなをかまない、歯磨きしない。湯からあがってからは、濡れ体、濡れ足で脱衣場に入らない・・・。
 昨今、これらのエチケットを意に介しない人が多いが、お年寄りのそれは、格段に醜態に映る。(他にも変わった習性をお持ちの老人を見かける)
2、スーパーマーケットで
 私は、主夫の役割は放免になったが、スーパーへの買い物は頻繁である。こうした場では女性が主体であるから、男性はついているだけが多いが、それでも、モノの値段、品質の見分けくらいは頭に入れておくべきではないかと思う。また昨今、一人暮らしと思われるお年寄りを見かけることが少なくない。このご高齢の方の買い物は、惣菜屋が主たるところのようである。つまり料理しないということだろう。せめて、生野菜を刻み、ダシ(鰹、昆布、椎茸)をとることを覚え、それを面倒なことと思わなければ、ちょっとした手料理は難しくない。麺類も茹で時間だけの手間。もっとも、たまには出来なりのものでも構わないが、せめてトレーからは出して皿に盛りたいものだと思う。(男性の場合だが)
3、地下鉄、バスで
 幸い名古屋市は「65歳以上の無料パス(一部有料)」があるから、午前10時過ぎ、午後4時ころまでの時間帯では、高齢者の方が実に多い。そうした人たちを見かけることは、何となく心休まるような気がする。外出できることは、病床にあったり、寝たきりの人にとっては羨望なことに違いない。それは私にとっても、いつまでも歩ける状態で元気でいたい、そう思うからでもあろう。
4、エスカで
 2月、3月とグループ10人ほどで「熊野古道・伊勢路」のハイキングに出かけた。その集合場所のエスカには、ハイキングだけでなく、他社のグルメツアー、寺社めぐりなどの人が大勢集まってきている。見たところ、若い女性グループ、中年の女性グループ、中高年の夫婦連れ、またはそのグループに大別される。ハイカーの多くは場数を踏んでいるようで、服装、装備がサマになっている。行く先によって本格派とお気軽派に分かれようが、いずれにしても、子育てが終わった人、定年退職後の人を多く見かけるが、この人たちも人生の新たな領域に入ったのだなと思うと、かくいう自分の場合はどうなのかな、とやはりわが身を振り返ってしまう。
5、生涯学習センターで
 私が編集発行するミニコミ誌は、生涯学習センターで昼間に印刷する。そんなとき、講座や同好会、バレー、卓球などの運動グループと出会う。そこでは圧倒的に中高年の女性が多い。終わった後、ロビーでのお菓子などを持ち込んでのおしゃべりは、また別の楽しいひとときであろうが、少々騒がしい。それに会場へは、意外と自動車で来る人の割合が高い。そんな光景を見ている時私は、なぜかそのような講座、同好会には参加したい気持ちにならない。何となく、わいわいがやがやの無味乾燥感が体に馴染んでいないからかなと思う。
6、好々爺か頑固ジジーか仙人もどきか
 最後に、老人としての望むイメージは「好々爺」「頑固ジジー」「仙人もどき」か。はたまた「普通の老人」か。「老兵」は普通足り得ないから、私の場合は、頑固ジジー+仙人もどき÷4=晴歩雨読の人かな。
 思えば、「人生の輝ける時代」とは「青春時代」がその代名詞であるが、「老域の時代」にだって「経験」「年金」と「角のとれた思考力」と「労働に相当する時間」という「強い助っ人」がいるのだから、「人生を輝かせる時代」への再チャレンジの機会でもあろう。そのような、意識の持続、行動への勇気を持つことが、「老兵」の「普通」ではない所以でもあるまいか。 (続く)

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