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2009年1月27日 (火)

三菱自動車労組、ベア断念

 同一労働、同一賃金はあり得ないか?
 夕刊記事に、「三菱自労組ベア要求断念」とあった。これで7年連続ベアはゼロだという。かつての職場であったことを思うと気にならないはずがない。だが、あの労組なら「さもありなん」という思いも消し難い。
 いまさら私の立場のような者が、日本の企業内組合のあれこれを取り上げても、「年寄りの冷や水」でしかないだろうが、何も語らないことがいいこととも思えないので、「ブログ」のいいところ、“つぶやき”として記しておこう。
 在職中のことを思い起こせば、「春闘」の時期となれば、組合執行部の要求案に対して、「生活の維持向上、格差是正分として、大幅な賃上げ」を対案として出した。もっともその「対案」も、学習や活動経験、自動車産別交流の仲間からの情報の入手、交換などで精度が少しずつ高まっていった。
 今にして思うことは、「同一労働、同一賃金」は、現場作業に従事していた私の場合は、もっぱら会社内の「本工、臨時工」についてが主で、「年齢、勤続年数」による格差の観点から主張していた。比較的高齢(30歳前後)で臨時工として採用された人は、新卒初任給よりは高かったけれども、同年齢の「養成工」とはかなりの差があり、「生活年齢に見合った賃金」という考えから、採用時に即同一というより「早期の本採用と格差の圧縮」が主張であったと思う。また一般に「格差是正」を言う時は、「学歴格差、男女格差、身分格差」を指していたと思う。
 だが、こうした主張が浸透しなかった理由に、是正を享受する層は歓迎しても、“実入り”が減る側は、建て前と本音が違っていたからだと思う。また、「同一」という定義も曖昧で、同じ職場でも仕事は細分化されており、「同一」も「同質」も決め手を欠いていた。
 そこを会社側に突かれたと思う。仕事を分類し、難度、経験、実績などを細分化してランク付けした「職群等級制度」「職務記述書」を「新社員制度」として提案してきたのである。
 これは「日経連」で研究された労務政策といわれ、様々な産業、職場浸透していったと思われるが、私(たち)は、新制度の持つ新たな格差と格差の固定化、競争原理の導入、職務評価が不透明で情実が入る(差別、抑圧の手段)、労働強化につながるとして「制度」導入反対のキャンペーンを張った。しかし会社側は、時間と費用をかけて、管理・監督者と労働組合執行部を洗脳して押し通してしまった。
 私の職場では、臨時工から本採用(本工)になった40代、50代の人たちが、この制度の狙いを見抜いていて、私の主張を理解してくれていたが、「現行制度で、正すべきところは正していくことが先決ではないのか」の主張は少数として押し切られた。
 もう一つの観点は、自動車産業で働く労働者の、横断的な賃金の在り方についての議論だった。これは欧米の「職種別同一賃金」(名称は不確か)をさしていて、職場を他の自動車会社に移り変えても、賃金水準が維持されるという、労資協定によるものだ。これは個別的な企業組合と違って、産業別の労働側と資本側の「労資協定」であるから、こんにちのように、メーカー別の業績に開きが出てきて、ベアや一時金の要求に差が出て、獲得額に差が出たとしても、トヨタだ、日産だ、ホンダだ、そしてマツダだ、富士重工だ、三菱だと、メーカーが違っても、賃金に大きな差が出ない、つまり、高き所から低きところへ、富める者は貧しき者へ、となるはずである。
 これが社会主義の原型か理想主義とかいわれて、まともに取り上げられないのが現実であろうが、私には、そのような議論を幾らかでもしたことに、いまさら意義を感じているのである。
 臨時雇い、パート、日雇、派遣、請け負いなどの「非正規雇用労働者」の問題がここまで大きくなってくると、正規と非正規間の対立が出てくる前に、「労働者」というくくり方一つでものを考えることの意味は、どんどん大きくなっていくような気がするのだが。

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