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2009年1月 6日 (火)

名古屋市長選挙を考える・3

 Fさんのパブリックコメント
 先に紹介したFさんは、民主党愛知県連のパブリックコメントに応募し、以下のような意見を送ったという。
「民主党の県連がきょう12月22日まで、名古屋市長選向けに作った、名古屋ビジョンをつくり、それにパブリックコメントを募集しています。以下僕の間ブリックコメントを貼り付けておきます。」
 
ビジョン全体が21世紀のあるべき地方自治の政治からはほど遠い「施し政治」つまり 、このビジョンは「市民の皆さんにこんな施しの政治をやります」ということに尽きるものだと見えます。
 21世紀の民主主義政治が「市民による 市民のための 市民の政治」を掛け声だけでなく、実際におこなう時代なのです。それは近くでは長野県阿智村にその姿があります。
 阿智村の岡庭村長は「人格的に確立された個々の住民が生活の場である地域でともに学習、議論し、そして自ら実践するなかで、生活の質も自然環境の質も高まることで、はじめて美しく豊かな地域が実現できるのだと思う。地方自治体は住民一人ひとりの基本的人権を守り高めるための、そのような地域づくりの場を準備し必要なサポートを行うものであり、政策方向の決定はあくまで住民、あるいはその代表である議会が行うべきである。」と言っています。
 た首長のリーダーシッップのあり方は、あくまでも住民の学習や議論を優先し、その意欲と自治力を引き出すことに徹するという考え方、姿勢です。
 域づくりの主体をつくるなかで、国の主権者もつくっていくことも展望していることをはっきりと言明しています。
 また遠くでは千葉県我孫子市の前市長福嶋浩彦氏はその論文「情報公開と市民参加の自治体経営」の中で「これからの自治体は市民自治を理念に「市民の自立した活動」と「主権者である市民のコントロール下にある行政」が連携して「市民が主体者となる公共」を創り出していくことが大切。主体は組織でなく一人ひとりの市民である」とも。
 これからの地方自治は市民の参加と情報公開が必要条件参加する市民はその問題に特に知識を持つ人、利害関係者、個人的の意見を持つ人こうした直接参加した市民の意見を踏まえつつ、市民から選ばれた市長や議会が市民全体の利益を考え、しっかり判断する責任がある。
 こうして市長や議会が機能していれば市民が直接参加する機会が多ければ多いほどよい。市民が行政のあらゆる分野に参加することによって、市民が知りたい情報、必要とする情報、知らなければならない情報が明確になり、情報公開と市民参加は一体で進める必要がある。
・予算編成の公開と市民参加―各課から予算請求―HPで公開―市民からパブリックコメント―結果予算審議の過程が市民に公開され(結果まちづくりの方向が市民に理解、意見の発掘、市民意識醸成へ)
・補助金の検討委員会に市民参加
・職員採用時の試験委員に市民参加
・目的が明確な市民債の発行
・議会へ市民参加―議会の情報公開(議員の各議案への賛否の公開)―請願した市民の趣旨説明発言保障―議案審議過程への市民参加(審議会、委員会へ市民委員の参加、パブリックコメント、タウンミーティングの開催)―議員立法時市民参加
・住民投票―決めるのも市民―責任も市民(大規模市民アンケートも可能)
・理念としては直接民主主義、やむを得ず間接民主主義を取るという考え方が大切。
首長と議会の関係は
・ 市長は市民からさまざまな意見を聴き議案をつくり議会に提出。市議会では与党、野党ではなく全議員が是々非々の立場で市民の意見を聴きながら議案が市民の利益にかなっているか、より良い地域づくりにつながるかを議論し決定する。自治体では首長対議会なのである。
・市長は個々の議員の言いなりなってはならない。議会としての意思を決定をし、市長を動かさなければならない。
・議会の役割は二つ、「市民の合意を作り出すところ」と「行政の監視」。そのためには議員同士の自由な討論が不可欠。(全国で17自治体が自由討論議会)
 行政が市民の自治力を高めることが重要
・異なる市民がきちんと対話できる機会を行政職員が作っていく必要がある。最も大切なことは市民から出発して社会を創っていく自治体の経営です。しっかりと市民が中心にいることが大切である。
 と述べられています。僕も21世紀の名古屋の市政はこうした方向で情報公開と市民自治力を高めることによって豊かな市民生活が実現するものと考えています。
 民主党愛知県総支部連合会のつくられた名古屋ビジョンは「市民による」という市民参加・市民自治という視点からはホド遠い何度も言いますが「施し政治」「ばら撒き」政策の枠から出ていない古い型のビジョンです。
再検討を望みます。

 個々の具体的な政策に踏み入っていないようで、2つの例を引用しながら、もっぱら「民主主義」の在り方に重点を置いているようです。
 私は「名古屋ビジョン」を読んでいませんから、多くをコメントすることはできませんが、「市民参加」については、行政、議会、政党・会派、議員などの各レベルでの対応が求められる一方、市民自ら行動することなしには成り立ちません。
 その意味で、Fさんたちがめざしている、この運動に共感がないわけでないのです。しかし、そこには、どうしても動力源とスターターがなくては車も動かないように、全てがまだ充填不十分なのです。

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