渡辺喜美の場合
その政治行動は評価するが
自民党の渡辺喜美衆院議員が、「早期の衆議院解散や定額給付金の撤回」を求めて、受け入れられないのなら自民党を離党するという。麻生首相は、2009年度予算成立前の解散は考えていないというから、事実上「離党声明」だと報じられている。
最近の言動から「時間の問題」と言われていた渡辺議員の行動は、「政局」での議員の在り方に一石を投じたことになるが、その波紋が広がるか、ポチャンで終わるかは注目される。
衆議院議員は「代議士」とも呼ばれる。その呼び名の歴史的経緯はさておくとして、私は「義士」という言葉に目が行く。「義士とは、節義を固く守る人士」「節義とは、固くとりまもる道義」「道義とは、人の行うべき正しい道」(以上は広辞苑)
ということは、「選ばれし政治家として、己が正しいと信ずる道を“政治道”として恥じることなく、揺らぐことなく突き進む者」そして「大衆の中にあって、大衆の求めることを知り、状況の判断と先行きへの考察に磨きをかけ、態度を明らかにする」ということになるであろうか。
これに渡辺議員が当てはまるかどうかは、今少し行動を見なければわからない。だが、党議拘束、派閥の締め付け、後援会の動向に右往左往する議員や、テレビなどの露出で存在をアピールする議員連中と違って、「はぐれオオカミ」か、文字通り“捨石”のまま沈んでしまうことも覚悟しての行動なら、それだけでも評価をしたい。
もっとも、“仁侠道”に近いにおいがしないでもないし、政権交代=民主党政権誕生をにらんでの、「政局の寵児」たらんとしてはやり過ぎる危険性がないわけではない。また、自民党的体質から脱した、近未来的議員像を秘めた好漢、という雰囲気(オーラ)があるとも思えないのが惜しいのであるが、それらすべてを差し引いても、こうした混沌とした状況の中で、「行動を起こすこと」それだけでも、私は一目を置きたいのである。
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