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2009年1月 8日 (木)

老兵たちのフォーラム・1月例会・2

 国民国家とは何か・2
 M・Hさんの話が始まった。レジュメは縮小されたとはいえA4に4枚。それを見ながら話を聞くのであるが、なぜか、瞬間理解したつもりが、次の瞬間に消え去るという繰り返し、つまり理解されていない、自分の中で整理、着床しないで跳ね返っていく感じなのである。これは最後まで変わらなかった。まとめのコーナーで、「そもそもなぜこのテーマなのか」「このテーマを今日的な状況の中で考えると、どういうことになるのか」「その結果、日本の未来像はどう描かれるのか」を、繰り返すように質問したが、浮遊状態に変わりがない。
 う~ん、つまり、M・Hさんが言わんとしたことは、こういうことなのだろうか。
 レジュメを探りながら改めて考えてみると、今日の日本も世界も混乱の中にある。情報が飛び交っている。私たちが認識したり、当たり前のように受け止め、感じて、理解していることは、確かで、正しいのか、その再吟味が必要だ。
 「無邪気さが認識を誤らせる危険。国民国家をしかと見破る要あり。」(M・H以下同じ)
 「① 歴史は直線的に進展しない。<後退>も<停滞>も<飛躍>も<相互干渉>も<突然変異>もある」国家としての「座標軸」を考える必要がある。
 座標軸?それは支配者側としての座標軸を言うのか、我々が求める「国」の座標軸を言うのか、あるいは双方を言い、そこでの格闘を示唆したのか。
 「②『国民国家』は、18世紀に突如史上に姿を見せた、現代に続く国家形態である」
 
「③その本質は、<戦略的擬態>である。<ダブルスタンダード>が価値基準。」
 「④その正体は、隠されている。当事者にも見えない。が、誰もが薄々感じとっている。」
 ええ!何のこと?<戦略的擬態><ダブルスタンダード>これって、国民を操縦するための、悪く言えば騙すための、民主的な、国民のための、というポーズを言うわけ?国会や内閣制度や選挙も擬態の一つなの?これは内政も外交も同じことなの?国民国家は、
 「⑤形態はイビツ」「⑥<純>は存在しない」「⑦動員された説話群」と続くが、まだぼんやりとしている。説話とは、「神話」「いい伝え:伝説・伝承」「伝統」これは「生活習慣」になっているという。
 ということは、ちょっと飛躍するけれども、「民主主義」はあり得ない虚構、理念、イデオロギーに過ぎないわけ?待った!私が認識する「民主主義」は、1945年以前はなかった。専制国家、独裁国家、帝国主義国家、軍国主義国家から、現憲法を得て、曲がりなりにも平和の享受、基本的人権、参政権、労働権、生活権などが保障されている現在があると思っている。それが完全ではない、純粋ではないから「擬態」といっていいのか。政権維持のためや、我田引水の利権擁護のために、“その場しのぎ、先延ばし、丸投げ”はあるだろう。また、“与党も野党も羊羹の裏表”と思わないわけでもない。さらに、現行の選挙制度は、現政権有利または、少数意見排除の制度だ。2大政党論は怪しい。道州制は、新たな支配構造の強化のための方便で、住民自治から遠く離れるばかりだ、とも思っている。皇室制度、裁判員制度、○○審議会、特殊法人に目を向けないわけではない。考察を怠っているわけではない。それらが「民主主義の未熟」なのか「構造的欠陥」ではなく支配者の「戦略的擬態」なのか。
 一方、こんな風にも思う。戦争の口実、例えば、「領土が侵された、国土防衛のため」「国家国民の繁栄と安寧のため」「人道上、邦人擁護のため」。それらのために「相手の生命を奪うこともいとわない」というのは、どうみても嘘っぽい、裏があると。
 「公共、つまりみんなのために土地を明け渡してほしい」という強制収用の例。「便利になり、地域の活性化のため」の道路建設。「赤い羽根募金」「○○神社へ募金」を回す、町内の回覧板。ああ、確かに表向きと実際は違うだろうな、と。
 国家は、「善意の無邪気さを大歓迎」か、なるほど。「純粋に憧れる人は戦略ギライ」なるほど、なるほど。根回し、手の込んだ方策、相手を疑ってかかる接し方は、キタナイか。正直であれば、相手も正直になる、裏切らないか。そういう場合もあるだろう。
 「国民国家は、周縁に波乱を巻き起こさせ、秩序の全体を維持しようとする王権=道化、これぞ<国民国家>の正体」というけれど、話はまだ先がある。
 実に重いテーマであった。生半可な予備知識、浅い考察では、つかみきれないが、それは、国家という機関、組織、運営そのものを知り得ない者には当然ではなかろうか。その当然と思っていることにM・Hさんはメスを入れ、あえてそれらを「擬態」と称して、その本質だけでなく、本質を隠す周辺の状況を見極めよ、多くの人が疑いも持たずに“正直に、まっとうに生きる”ということとは別に、“我々は、洞察しなければならない”ということが言いたかったのであろう、と私は解釈した。
 レジュメの1枚だけで、ここまで来たが、この後のことは、これから様々な出会い、考察、聴講の中でさらに身につけていきたいと思った。 了。

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