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2008年7月25日 (金)

小沢民主党と政権交代(6)

 平和を自ら創造する-外交・安保政策・2
 さてもう一つの外交・安保政策のポイントは、「7.自衛権の行使は専守防衛に限定」と「8.国連平和活動への積極参加」との整合性ではないだろうか。
 マグナカルタでは、「自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論の経緯に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9条に則り、行使する。それ以外では武力を行使しない。」と書かれているが、「集団的自衛権」の問題は、既にイラク派兵があって、(その後ではあるが)名古屋高裁の「違憲判決」が出ている以上、概念の問題ではない。
  「専守防衛の原則に基づき・・・憲法第9条に則り・・・それ以外では武力を行使しない」は、自衛隊(軍隊=戦力)そのものの違憲性は脇に置くとしても、「攻撃は最大の防御」論(主として制服組)をどう制御するのか。「シビリアンコントロール論」こそ概念でしかないと思うがどうか。つまり、巨大な軍事組織に膨れ上がった現実の自衛隊を徐々に縮小化しつつ、その補完を「善隣友好、平和・核廃絶・軍縮」「環境先進国」という独自の外交政策で推進、ということにならないだろうか。
 せっかく「8.国連平和活動への積極参加」の項で、「国連の平和活動は、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致し、」といっているのであるから、「国連憲章第41条及び42条に拠るものも含めて、国連の要請に基づいて、わが国の主体的判断と民主的統制の下に、積極的に参加する。」といって軍隊を派遣する水路を開くなんて、「政権交代」のカンバンが泣くというもの。「国連のもとであれ、一切の武力によらない、民生支援、平和外交に徹する」といえないものか。仮にも、それでは「日米同盟に溝」というのであるなら、結局、問題が振り出しに戻ってしまう。民主党の「分水嶺」はここにあるのではないだろうか。 (続く)

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