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2007年9月21日 (金)

1970年前後の活動家

 ATUサポート会議9月
 前回8月22日の会議では、結成総会の進捗状況と弁護士との関係について触れたが、昨日の9月例会の会議のそれは、前回の延長というか、上乗せの会議となった。
 議題の中心であるATU(全トヨタ労働組合)サポート組織の「呼びかけ文」の第一案が出て、ATUの若月委員長の、支援を受けるが側からの、率直の意見表明もあって、かなり突っ込んだ議論がなされた。
 今日の案文をたたき台として、月内を目途に意見を出し合って取りまとめられる段取りとなり、併せて呼びかけ人の承諾要請を分担、更に、結成総会は来年の初頭、ATUの第3回定期大会の日程に合わせることとなった。いよいよである。
 ところで、会議中から、更に雑談の中から、前回の意見交換を引き継ぐような形で、昨今の労働運動における「労働者側の反撃」についての経験交流に花が咲いて、弁護士と現場の経験が熱っぽく語られた。
 そこでふと思った。私の経験の範囲以内ではあるが、1970年前後といえば、労働戦線の統一・全民労協の結成などがあった一方、少数派労働組合、活動家集団が生み出されて、職場の闘争は、労基法をはじめ「労働法」をいかに戦術化するかの労使の“知恵比べ”でもあったと思う。
 そのような局面を体験した人もかなり多いと思われるが、年齢的にいえば、60歳前後の団塊の世代以上で、今や70歳代から80歳にかかっている層であろう。
 その年代の人々が勝ち得た労働現場における、資本との格闘と資本の前線を打ち破った輝かしい実績は、今引き継がれ、語り継がれてこんにち生かされるべきではないか。又そういう人材は陽の目を見ないで埋もれたたままではないか、そんな風に思ったのである。
 ひょっとして私もその一人かもしれないと、密かに自覚ながら話の輪の中に入っていったが、そういう局面にわが身をおくべきかどうかは“いまさら・・・”という気持ちもあって、正直なところ悩ましい問題である。

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