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2007年8月 9日 (木)

田上長崎市長への平和メッセージ

 ピースサイクル運動の一つとして、長崎市長宛ての平和メッセージを送る運動がある。今年は、愛知ネットからのこのメッセージのほか、三好町長、日進市長、コスモスの会日進からも送られた。
長崎市長 田上 富久 様
                       2007年8月4日
                    ピースサイクル愛知ネット

   平和を願い、被爆者に心寄せる愛知からのお手紙
 拝啓
 今年もまた暑い夏と共に、8月9日の忘れ難き「長崎・原爆の日」がやってきます。
 昨年は、伊藤一長市長が平和宣言の冒頭で、核軍縮が進まない現状に対し、「人間は、一体何をしているのか」と怒りの言葉で切り出し、「61年たった今も長崎は怒りと失望感であふれている。核保有国は、核兵器削減へ向けた真剣な努力をしていない」と述べ、さらに「世界の核不拡散体制は、崩壊の危機に直面している」と強く訴えました。その市長は凶弾に倒れ今はいません。しかしその意思は長崎市民、県民、新市長と共に、日本国民が共有し続けています。
 遅まきながら1986年から始まった私たちの「ピースサイクル」運動は、今年で22年目を迎えました。その「平和とすべての核の廃絶」をめざす自転車リレーは、8月5日に広島に到着し、8日に長崎市に到着する予定です。
 さて、去る7月30日、広島、長崎で被爆し「原爆症」の認定を求める裁判で、熊本地裁は原告勝訴の判決を出しました。これは、昨年8月の広島地裁判決、今年3月の東京地裁判決を含め6度目の原告勝訴判決であり、被告である国が厳しく断罪されたものであります。
 戦後62年を経たなお、このような裁判が続けられ、お歳を召した「原告」のみなさんが裁判所に通い続けねばならない現実にこそ、私たちは怒りを新たにすると共に、この国、この社会のありように深く思いをいたしているところです。
 戦場で、戦災で命を落とし、また飢えと病気で300万人余の命が失われたかの戦争を忘れることはできません。そしてその戦後は、未来永劫「不戦と平和」を誓ってこそ、死者への鎮魂であり、子々孫々に伝え、引き継いでいくことが残された私たちの努めであります。
 思うに、昨今の憲法改正論議を聞くにつけ、「国際貢献」とか「国の防衛・安全」という名のもとで有事法制等が制定されるなど、再び戦争のできる国になってしまう危惧がいっそう高まってきました。「不戦と平和」は、スローガンだけでなく、広く市民の実践的な運動として根付かせていかねばならないゆえんでもあります。もとより私たちもその一端を担っていきたいと思っております。
 一方、「原爆」をテーマとした、映画や文芸作品が取り上げられるケースが増えてきたといわれています。戦争体験者、被爆体験者が少なくなる中で、原点を見つめ、想像力を高め、豊かにしていくこれらの地道な作業もまた、大切なことであると思っています。

 今年もまた愛知から「平和のメッセージ」をお届けします。どうか、これをもって、この愛知から、長崎の地に思いを馳せ、共に恒久平和を願っている気持ちをおくみ取り下さい。
 この愛知では、自治体訪問で「反戦と平和、全ての核の廃絶」を行政に反映させて欲しいことを申し入れ、西加茂郡三好町長(直便)と日進市長から、田上市長宛のメッセージを戴きました。
 田上市長におかれましては、8月9日の式典で、長崎市長という立場からだけなく、自らの思いを込めて「長崎平和宣言」をお書きになり、読み上げられることと思います。私たちもその「宣言」に接して、新たな認識と勇気をいただきたいと思っています。
 最後に、貴職のますますのご活躍と、平和への取り組みを期待しております。
                                 敬具

          ピースサイクル愛知ネットワーク
                

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