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2007年8月19日 (日)

お手紙-2007年夏

 イカロスさま
 原稿依頼の件で、早速のご返事ありがとうございます。何か急かせたようで恐縮に思っておりますが、届くのをお待ちしております。
 メールによれば、新たな構想で執筆に多忙とのこと、それは笠松の「町の部分」となって仕上がり、それらが幾つも書きあがって、いつの日か、笠松の全体像が「市井作家の笠松事典」として集大成されるのでしょうね、きっと。
 そのためには長生きをして、広く人と交わり、集中することだと思いますが、もうその“街道”をすでに歩いているようにお見受けしました。
 先日、きっと覚えていると思いますが、N・Oさんから手紙をもらいまして、「愛知の民衆史が書けるのは君しかいない」なんて、かなり的外れな「期待」を寄せられました。
 多分、彼が歩んできた来た道と私の歩んできた道とが、重なり合う部分も多いこともあって、 彼がそのようなことを望み、また必要性を感じて、私にそれを託そうとしているのではないかと推測しました。それがいつの間にか、「愛知の民衆史」まで飛躍してしまったものと思われます。
 1960年代の後半から、労働運動などの活動に足を踏み入れた私ですから、それ以前のこと、そのつながりと流れのことはわかりません。その後もどちらかといえば、“隙間の労働運動”“落穂拾い”のような地域活動ですから、少数派労働運動、三里塚闘争、境川流域下水道、米軍依佐美基地撤去運動、オルタナティブ-地域運動、名古屋労組連、赤と緑のメーデー、ピースサイクル、愛知万博反対運動、各種選挙と、もうジグザグもいいところで、まるで一貫性がありません。
 また「民衆」というとき、どのあたりをさして言うのか、その視座によっては、一人よがりになりかねません。「史」など、私には思いもよりませんので、とても私の任ではないと、ご返事いたしました。
 N・Oさんは、世代として運動を何らかの形で次代に引き継ぐ必要性を、日ごろから力説しておられます。彼自身の体験もまた、その一部であることは間違いないと、私は思っておりますから、言わんとするところは理解でき、大いに賛意を表したいと思っています。
 しかし、その作業は荒々しい“岩場”のように見え、それを白砂青松の浜に変えるような、目も眩む思いがします。
 ですから私は、そんな風に考えないで、“語り部”のような機会をつくり、それらをこまめに書き残すことでいいのではないかと思っています。手前味噌ながら、「老兵たちのフォーラム」に参加しているのも、そんな気持ちからです。
 
 残暑厳しき折り、大いなる執筆と
     併せてご自愛のほど、お祈り申しあげます。
         2007年 夏

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