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2006年12月 1日 (金)

返信レター

 ○ ○さま 
 拙著「扇川をわたって曲の手へ」をお読み戴きありがとうございました。また、間違いの指摘をして戴き、その裏付けとなる資料まで頂戴し恐縮致しております。
 いずれもご指摘の通りで、異論を挟む余地はありません。今となっては、正誤表を付けることはかないませんが、お読み戴いた方への訂正の連絡は、いずれ致したいと思っています。
 全体の構成、装丁、原稿の打ち込み、校正まで一切合財を自分の手で行いまして、とりわけ校正を3回行ったにもかかわらず、誤字、脱字の類いが散見され、恥ずかしい限りです。せめて校正だけでも、人の手を借りればよかった、と反省しきりです。
 また、主として第一部の前半部のところは、記憶だけの執筆で、裏付ける資料もなく、また、人を中傷したり、不快にさせたりしなければ、全体の雰囲気といいますか、流れがわかって戴ければいいという、気持ちがありまして、間違いや記憶違いはどなたかが指摘してくれることすら願っての執筆でした。ここに陥穽があったと思っています。
 また、頒価をつけずにお配りして、お読み戴ける、それだけでいいという安直な気持ちが、深く推敲することを怠ったものと思っています。
 いまさらに、本屋の片隅でも置くようなことがなくてよかった、そう実感しております。改めてお礼申し上げます。

 お手紙の中で、私の養成工時代に触れた箇所に多くを割いておられますが、間違いの指摘と同時に、その視点と思われる感想、資料も読ませていただきました。
 私の文章は、企業内教育の問題点や歴史認識の欠如に深く立ち入ることはせず、「生活日誌」をベースとした3年間の時間的経過と感想のようなものを述べたに過ぎません。
 三菱という企業の歴史と内実は、日本の資本主義社会の歴史的断面を色濃く映し出しているものといえましょうが、この書で掘り下げることは当初から想定していませんでした。
 「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟」というのがいまも取り組まれておりまして、私も時折り裁判傍聴に出かけています。これも、当時の政府、企業がどんなものであったか、その後の「戦後補償」にどんな姿勢を貫いてきたかを知るにはいい機会となっています。とりわけ、朝鮮の人たちからの目線、指摘は貴重なものと思っています。
 ご指摘があったかもしれませんが、かの戦争が軍部によって戦端が開かれ、軍主導で遂行されたとしても、中国大陸や東南アジア諸国に資本の利権を求め、その権益を守ろうと軍の出動を要請したのは時の政府であり、資本家・企業連であったことは明らかだと思います。またそれを阻止できなかった国民、報道、知識者階級、政党も責任の一端は免れないものと思います。
 そうした総体的で個別的な歴史的検証については、私は学ぶ立場であり、何がしかの運動の場面で生かす立場でもあって、書で著すことは考えたことはありませんでした。しかし、経験したことの実際とそれを現存するこの社会でいかに止揚するかは、能力的限界はあろうとも、常に心得ておくべきだろうという認識は、一応持っているつもりです。

 還暦を記念して出したこの書は、それ以降の10年ほどはもう少し、いまの運動を続けていこうという密かな決意の書でもありますが、読み手の見る角度は一様ではなく、いまもって、本が一人歩きしているようなお手紙をいただくことがあります。
 最近では、全く面識のない人から、電話を戴いてインタビューを受け、それを機会に「老兵のフォーラム」なるものに誘われています。 (後略)

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