2020年7月13日 (月)

古手紙の使い方

 送った手紙のコピーが出てきて
 先日は古葉書のことを書いたが、今日は封書の手紙についてである。
 但し戴いた手紙は、相手のこともあるから一概に公にはできないが、ここでいう古手紙とは、私が送った手紙の「控え」つまりコピーのことである。1990年から1999年の約10年間、約50通、他に運動の通信の控えのごく一部もファイルされていた。
 なぜそんなものが残っていたかという理由は定かではないが、そのころ私は、事務用のコピー機をリースで自宅に置いていた。会議のレジュメ、資料のファイルなどその都度コンビニに走るのが面倒であったし、その数も半端でなかったのである。リース料、トナー、紙代などの出費もかさんだが、「時間をお金で買う」と考えていた時代だった。それだけ集中していた時期でもあったといえようか。その流れの中にあったのだと思う。
 ワープロが登場し、パソコンの時代に入っていくとコピー機の利用率は下がりやがて契約を打ち切った。
 さて今日は、その古い手紙の一部を読み返しながら、これを「再生」させる手立てはないものかを考え始めた。
   何のために再生させるのか、少なくとも「活動」とは無縁である。結局「自分史」の片隅に添えるだけのものに過ぎないとも思える。「続自分史か?」そうではないが、「過去-現在-未来」この連鎖の中で、過去から引き上げて現在地を見て、未来にどうつながるか、わが足跡をちょっと振り返ってみたくなった、全く無駄な所業と思いつつも。
 この歳になると、効果と効率とか、価値があるかないかという拘泥よりも、“何がしたいか”が優先するようになりつつある。極端に言えば、この「ブログ」でさえ何の意味があるのかと問われても明快な答えはない。書き留めておきたいというだけのこともあるのである。
 パソコンに保存されているすべてのデータは、ある時一瞬で消え去るリスクの中にある。バックアップはしているもののそれは一部に過ぎない。プリントされて程よく保存しておけば、焼失(消失)でもしない限り、いつでも甦る。ただ、その必要性はほとんどゼロに近いが。だからせっかく20年から30年の間も残っていたこの「古手紙」の活用はないかと考えてみたのである。

 

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2020年7月12日 (日)

昭和前半の男たち

   労働運動の活動家の性(さが)か
   ある運動の中で語られた「『古い男臭さ/』を無意識に持っておいでの方が多い・・・」それは、「昭和」の前半の男たちを指しているようだが、それをズバリ突きつけられたら、当事者は何と答えるだろう。
   昭和の前半以前というと、ざっと現在60から65歳以上の人が対象であろうか。ちなみに「マチスモ」とは、検索したら、ラテンアメリカで賛美される「男らしい男」を意味するスペイン語のmachoから、男っぽさ。誇示された力。男性優位主義。とあった。
   その場面は、当初から労働運動の道を何十年と担ってきた活動家と、どちらかといえば、労働運動とは無縁に近い市民運動の人たちの会合の場であったとする。
 その場面を再現するのは難しいので、想像しながら労働運動から地域の様々な運動に入っていった私の経験から少しだけ触れたいと思う。
 既に書いているが労働運動は、極端な上意下達ではないが「ピラミッド型」の組織形態である。一方市民運動は、フラットに近い「台形型」のように思う。また労働運動は統一、団結、効率化を重んじ、市民運動は多様性、対等、議論を重視する傾向といえるのではないか。
 もう一つは、「参加する男女比」の違いが大きいことの影響もあると思う。最近でこそ「女性ユニオン」の活動もみられるが、両性混合の組合・ユニオンで、女性の委員長は少ない。市民運動ではそうした役職とか執行部制という方式は少ない・・・。
 この環境の違いの中でそれぞれが歩んできた場合、合流した運動の中でしっくりしないことが出て来ても不自然ではない。
 私は労働運動を足場として地域の運動、一つは、企業別、産業別、職種別を超えた「地域労働運動」に参加し、同時に社会的な課題(反原発、環境問題、教育問題など)も取り入れていくことで市民運動と合流していった経緯がある。それが「労働運動と市民運動は表裏一体」となり、「赤と緑のメーデー」の創出に至った。
 では、マチスモこれを「男性優位主義」と仮定して、指摘された振る舞いがあったかどうかであるが、そういう自覚は持っていなかった(だから問題だ、としても)、むしろ女性であれ、男性であれ積極的担う人の登場を待ち望んでいた。打ち合わせ(会議)でも、発言、提案を待つ方であったが、あまり手が上がらないのを見て、議題を準備するようになり、議論の集約、行動への移行をスムーズに行うための手立てを進めた。多分、ここらあたりから効率を求めすぎる、強引ではないか、出来レースだ、みたいに受け止められたかもしれない。
 現役を退いた今、私自身が女性から指摘された「古い男臭さ」を指弾されることはないと思うが、この先のことを思うと他人事として沈黙していればいいというものでもない、そう思っている。

 

 

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2020年7月11日 (土)

山尾志桜里問題と衆院選を考える

   電子版Ⅱ・第104号を発信
 衆院議員の山尾志桜里氏は立憲民主党を離党し、7月8日付で国民民主党への入党を受理されたという。
   政治家にはしっかりとした政治信条、政治的理念を持ってもらい、有権者の望むところを背景にこの国の行方をどうしたいのか、ということで邁進してもらいたいと私は思っているが、今回の山尾氏の行動をどう評価し、次期総選挙に向けてどんな影響が考えられるか、立憲パートナーズである私は無関心ではいられない。
   C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ.第104号を発信した。その内容は以下の通り。
   1)視点見解 山尾問題と衆院選を考える 地元愛知では・・・ この秋にも衆院解散総選挙?さてどうする 立憲民主党は、熱意をもって擁立を急げ 2)ブログから ・米軍機墜落61年で慰霊祭-沖縄-1959年6月30日、うるま市での事故 ・書き損ないの古葉書を交換する-時代の変遷の一つ 3)書きのこし 全4頁である。
   電子版Ⅱになって104号となり、別冊は5号発信した。その棲み分けをどうしたものか思案中ではあるが、ある程度固まってきた気がする。本誌は10日毎か、月2号刊で基本4頁。執筆編集を基本とする。別冊は随時であるが、「ツネじい通信」が届けば早期に対応。ページ数はフリー。引用、転載が主となる。
   課題としてあるのが、映画、詩、随筆など「文化」的なものはどちらにするか、である。ま、どっちでもいいかな、今はそう思っている。

 

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2020年7月10日 (金)

中部電力への申し入れ

 7月27日、PC2020あいちから
 新コロナの影響は、様々な運動にも影響を及ぼしている一方、それを盾にして、面会しての申し入れを拒否するケースも出てきた。
 仲間の報告によると7月28日は、名古屋市、愛知県に例年通りの面会申し入れを行う予定を伝えていたが、名古屋市からは「回答文書を郵送で」とし、愛知県からは、当日面会はできないが回答文書を手渡しの対応とのことだった。
 こんな状況だと他の運動団体も同じような対応をされていると推測するが、豊川と小牧、岐阜の自衛隊基地は門前、即ち屋外なので拒否理由は見当たらない、というか炎天下でも雨天であっても門前対応で中に入れないというのは不誠実ではあるが、読み上げて手渡しの申し入れを拒否することはない。
 私の担当する中部電力はどうであろうか。他のグループの例では「5人以内、時間短縮」を求められたという。
 それを前提にして対応を考えるが、先日従前通りの内容で訪問通知を送ったが、何の連絡もない。今日は、申し入れの内容を仕上げたので明日投函する。
 昨年は土曜日ということで休業だったので、申し入れについて文書回答を求めたが、音沙汰なしだった。そこで今回の申し入れ内容は日付などを変えて前年のものを踏襲することとし、それに一項目を加えた。
 それは、石炭火力についてであった。
   「新聞報道によりますと本年7月3日、梶山弘志経済産業相は、2030年度までに、二酸化炭素(CO2)排出量の大きい旧式石炭火力発電所を100基ほど休廃止する方針を明らかにしました。
   梶山氏は会見で「非効率な石炭火力をフェードアウトする仕組みを導入する」と強調し、旧式の石炭火力は国内に114基あり、休廃止は9割相当の100基程度が対象となる見通し、とのことです。
   一方、26基あるCO2排出量が少ない新式の石炭火力については維持・拡充する方針で、全廃を相次ぎ決めた欧州諸国などから反発が出る可能性もあると、報じられました。
   そこでお聞きします。
 中部電力が所有する石炭火力発電所は、碧南火力の1~5号基と承知していますが、そのうち経産相が述べた『旧式』と「新式」はそれぞれ何号ですか。新旧を問わず石炭火力を全廃するつもりはありませんか。」
 今回は「石炭火力」だけを取り上げているが、石油、天然ガスでの火力発電もCO2排出規制から、いずれ問題化しよう。

 

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2020年7月 9日 (木)

山尾議員、国民民主党に入党

   地元では批判、単独比例に転出か
   国民民主党は、立憲民主党を離党した山尾志桜里衆議院議員の入党届を7月8日付で受理したという。それ自体は既定の流れであろうが、これで一件落着とはならないであろう。
   山尾氏は愛知7区が選挙区。ここは野党、無所属を含め地方議会における女性議員が多いことがあげられる。その流れは市長選挙に女性が立候補して(日進、長久手、尾張旭)、「愛知で初の女性首長誕生」が今一歩のところまで迫っているのである。そうした女性議員を含む、女性たちの力強い応援などがあって、従来保守基盤であった第7区を野党・現立憲民主党が制するようになったという経過がある。そして関係者によると、愛知7区からは「この1年、本人を全く見ていない」(共同通信)という批判も多く、山尾氏が考えている行動については理解されていない。
 さて問題はこの秋にも解散があるかもしれない選挙である。山尾氏がこのまま7区からの立候補はほぼあり得ないし、本人もその気はないのであろう。だから地元はほったらかしなのだ。同時に彼女には「自信」と「目的意識」があるようで、どこの選挙区であろうと、「比例」であろうと構わないみたいなところが伺える。
 では立憲民主党、国民民主党の地元愛知ではどう対応するだろう。率直に言えば両党は元々民進党・民主党として一つであって、その内部ではいくつかの要素をもって「棲み分け」してきた経緯がある。それは衆院選、参院選ばかりでなく、地方議会選挙もまたしかりである。県議会では「新政あいち」として会派を一つにしているのが象徴的である。であれば「山尾問題」で対立関係になるのを避けたいと考えるのは当然の帰結である。
 ということで山尾氏は他の選挙区、といってもそれは難しかろうから、比例区にまわる公算が大きい。それも東海ブロックではなく、首都圏ではなかろうか。
 いずれにしても、立憲民主党愛知県連は、第7区の候補者選定を急げ!

 

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2020年7月 8日 (水)

米軍機墜落61年で慰霊祭-沖縄

 1959年6月30日、うるま市での事故
 私は「忘れない!オキナワ、フクイチ」をことあるごとに口にしているが、スローガンだけか観念的なものでしかない!と指摘されたら、返す言葉がない。これも能力不相応の多方面に関心を持つがゆえの「何事も広く浅く」をモットーとしているところにも遠因がある。
 ということで、少し前のものであるがピースサイクルの仲間が以下の記事を紹介してくれたので、ここに書き留め、幾らかの糧にしたい。
「基地問題いまだ続く」=米軍機墜落61年で慰霊祭ー沖縄
  2020年06月30日11時46分 時事通信
 沖縄県うるま市(旧石川市)で1959年、市立宮森小学校に米軍の戦闘機が墜落し、児童と住民計18人が死亡した事故から61年となる30日、同校で慰霊祭が行われた。今年は新型コロナウイルスの影響で規模を縮小した。遺族らが参列し、犠牲者の冥福を祈り、黙祷をささげた。
 慰霊祭は、遺族会と当時の在校生らで組織するNPO法人「石川・宮森630会」が主催。久高政治会長(72)は「基地問題は沖縄戦後以降ずっと続いている。これからも宮森から平和を発信していきたい」とあいさつした。
 糸満市から参列した金城清正さん(73)は事故で母とクラスメート3人を亡くした。「基地問題はらちが開かない。安全に暮らせる世の中になってほしい」と話した。
 事故は59年6月30日午前10時40分ごろに発生。米軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)所属のジェット機が住宅地に墜落し、機体が衝撃で跳ね上がり、約150メートル先の同校校舎に突っ込んだ。
 もう一つ
奪われた幼い命 ― 宮森小 米軍ジェット機墜落事故
  2018年6月29日 23:00 琉球新報社
 1959年6月30日、うるま市(旧石川市)の宮森小学校に米軍ジェット機が墜落した。児童12人を含む18人が死亡、210人が重軽傷を負った。沖縄の戦後最大の米軍機事故だ。
  今も変わらない沖縄の空
  沖縄・戦後最大の米軍機事故
  宮森小ジェット機墜落事故
 沖縄県宜野湾市の普天間第二小学校。学校上空付近を米軍機が通過するたびに校庭にいる児童らが避難する―という生活が続いている。その回数は2018年2月から6月8日までで合計527回に上っている。
 隣接する普天間飛行場所属の米軍ヘリCH53が重さ7キロの窓枠を校庭に落下させたのが2017年12月13日。その日以来、校庭は子どもたちが自由に遊んだり、学んだりできる場所ではなくなった。
 沖縄では小学校に戦闘機が墜落し、子どもたちを含む18人が犠牲になるという痛ましい事故が過去に起きている。戦後の沖縄で最大の米軍機事故と言われる「宮森小米軍ジェット機墜落事故」だ。
 1959年6月30日午前10時40分ごろ、石川市(当時)上空を飛行中だった米軍嘉手納基地所属のF100D戦闘機が突然火を噴いて操縦不能となり、同市の宮森小学校近くの住宅地に墜落した。衝撃によって跳ね上がった機体は宮森小学校に突っ込み、6年生のコンクリート校舎に激突した。学校に突っ込む機体から漏れ出した大量の燃料に火が付き、住宅と2年生のトタン屋根校舎の3教室などを焼いた。
 当時はミルク給食の時間帯でほとんどの児童が校内におり、18人が死亡(児童12人=うち1人は後遺症で死亡、付近住民ら6人)、210人が重軽傷を負う大惨事となった。

 

 

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2020年7月 7日 (火)

運動における多様性と組織性

 私の経験から(1)
 私は、組織的な活動の中枢から離れて数年が経つ。現在は「立憲パートナーズ」という、組織の一員とは言えないけれども、ある程度は組織の方向性に沿って考え動いてはいる。また緑の党の「サポーター」でもあるが、最近は足が遠のいている。
 政党関係の他に地域活動の幾つかの運動の会員に登録しているが、「運営会議」などの場には参加していない。永く自認していた「活動家」はもう外れているといっていい。
 そういう立場にたってあることことに気がついた。古くて新しい「運動における多様性と組織性」についてである。そうした問題の論点を示した例を見ないが、諸運動では避けがたい問題なので、多くの人が感じているだろうし、どこかでコメントしているかもしれない。
 私の経験から切り出すと、まず労働運動の組織を図形化すると「縦型またはピラミッド型組織」と見てきた。一方市民運動は「横型または台形組織」ではないかと。例えば組織の役員(リーダー)の構成は、労働運動では委員長(会長)、副委員長(副会長)、事務局長が3役。政党も同様な形態であろう。市民運動は「代表」以外の役目はあまり見かけない。その代表も複数の場合もあって「共同代表」となる。
 次に企画など運営に関する会議についてであるが、労働運動では予め「議案」が用意され、議事を進行させるのは事務局長、議事内容については書記を置くか事務局長が兼ねる。そして議事録を残し、その報告を周知する、という手順を踏んでいく。市民運動も似たり寄ったりではあるが、労働運動ほど徹底、規格化はしていない。
 私が企業内組合活動から、地域労働運動に乗り出し、さらに市民運動にも加わっていく段階になって、「運動感覚」の違いに驚き、戸惑った経験がある。
   例えばこんな風な情景である。
 ある問題に関心を持った人たちが一度集まって相談しようということになった。呼びかけがあった。初回は、自己紹介とか雑談的な意見交換、交流の後、今後どうしようかということで、次回の打ち合わせ(会議)の日時と場所を決め、大雑把なテーマを確認して散会となる。概ね2時間くらいであろうか。居残り組はそこで雑談など。
 さて本番は2回目からの会合である。まず「中心メンバー」はそうでもないが、集合時間が守られない。だが予告時間が来たから会議を始めようとすると、“まだみんな揃っていない”とストップがかかる。みんなそれぞれの事情があるから遅れることもやむを得ない、もう少し待とうよ、と諭される。ようやく打ち合わせ(会議)が始まる段になってもいわゆる「議事のレジュメ」が用意されていない。どこから、なにから議論が始まるのか、私は当初随分戸惑ったが、それなりに課題の核心部に迫っていく。核心部を把握している有能な人がいるわけだ。だからといってその人が全体を取り仕切る、ということでもない。
 経過した時間的なことと何かの区切り、或いは中途退出(帰ってしまう)者が出て来ることを見はかるように会議は終わる。何がどこまで決まって次に何を議論し、なにを用意すべきかの確認というか、そうしたものは特に出されない。暗黙のうちに了解しているのだろうと思った。
 回を重ねるうちに、私は労働運動の手法で前回会議のまとめと、当日の議題をレジュメとして用意した。当初それは、訝るような場の雰囲気を私は感じた。慣れているであろう労働運動からこの市民運動の場に出ている人は少数であったからだろう。だからといって異議を唱える人はいない。つまり、こういうことだったのだ。みんなで自由に話し合う場で、予めレールを敷かれたような運営はよくない、偏るのではないか、と。あるいは話し合う内容についてだれが決めたのか、その場で出しあえばいいではないか、と。う~と唸った。
 雑談のような話が出たりして、それを遮ることは良しとしないようで、中々本題に集中しないことに私は少しいらだったが、やっぱりどこかで、その日の落としどころを心得ている人がいて終わりとなる。
   終わり方もまたいろいろで、夕方6時か7時ころから始まって、遅くとも10時には終えるというのが私の経験であったが、11時近くまで続くこともあった。これは、翌朝7時過ぎには出勤する「現場労働者」にとってつらいところである。一方で、「会議は2時間で終わろうよ」という人もいた。「こんなことで“過労死”したくないよ」と。
   至極まっとうであると思った。私は賛同した。しかし・・・(未完・続く)

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2020年7月 6日 (月)

東京都知事選の結果

 立憲支持者の投票行動が気になる
   6月18日に告示日され、7月5日に投開票された東京都知事選の結果は、現職の小池百合子氏が再選を果たした。その得票結果の上位4人についてメモしておこう
当小池百合子 3,661,371 (59.7%) 67歳 無所属 現 知事
 宇都宮健児  844,151 (13.8%) 73歳 無所属 新(元)日弁連会長
 山本  太郎  657,277 (10.7%) 45歳 れいわ 新 党代表
 
 小野  泰輔  612,530 (10.0%) 46歳 無所属 (維) 新(元)熊本県副知事
   投票率は55.00%で、16年の前回を4.73ポイント下回った。
 小池氏は約6割の支持を得たのだから、投票率が55%とはいえ、都民の信任を得たといえるだろう。「小池都政」が評価されたのか、「小池百合子」の人物評価も併せてなのか。それとも小池に代わる有力な対抗馬がいないが故の「消去法的選択」の結果なのか。
   また首長の選挙では現職が2期目をめざす場合は、それを打倒することは難しいとされる。よほどの失点がない限り「もう一期くらいやらせてみようよ、それで評価すればいい」ということらしい。
 各候補者の得票結果と支持母体の政党の評価と直結するのかどうかはわからないが、報道による「○○党支持層の〇割が小池に投票」という分析は興味を引く。確かに国政選挙と首長選挙の違いは大きな要素であるが、政党の組織的な「コア」がどれほどかの推測を見ることにならないか、そんな風に私は見ている。立憲民主党支持の2割ほどが小池に投票したとの情報がある。思ったほど多くなかったと私はみたが、元々政党支持率が10%を超えて伸びていかない現状からは、この2割の人たちを引き留める党活動はもっと工夫されるべきだろう。
 立憲民主党はこのほど「一般党員」の募集を始めたが、「立憲パートナーズ」と何がどう違うのかはよくわからない。それは、そもそも「立憲パートナーズ」は、「党にとって、共に党をつくり前進させるそのパートナーです」とか言われても、漠然としたままだ。小池を支持した2割の多くが立憲パートナーズであったなら、これはちょっと大変だ。

 

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2020年7月 5日 (日)

九州南部・熊本豪雨で甚大な被害

   河川の氾濫、土砂災害の常態化を考える
 今年もまた繰り返すのか!九州南部で記録的な雨量を観測した4日の熊本豪雨は、熊本県内各地で甚大な被害をもたらしている。屋根だけを残して水没した家屋の写真、その家はどこにあるのか、山が崩れ土砂に押し流され埋もれてしまったと思われる映像。遥か遠い地での災害ではあるが、その後の元の生活に戻るまでどんな苦難の道であるかと思えば、他人事とは思えない。特に高齢者にとっては“この期に及んで、なんで?”との思いが募るのではないだろうか。流れ込んだ泥を掻き出し、使えなくなった家具類の運び出し、壁、床の清拭などどれをとっても体力的にきついし、枕を高くしてゆっくりと休むこともしばらくできないであろう。心の支えを何に求めればいいのか。
 私ならどうする?生まれ育った土地、いつもならさらさらと清らかな川の流れは“ふるさと”そのもの。“終の棲家”と決めていたなら離れがたい。けれど私なら思い切って離れ、災害の心配のない新天地で最後のやり直しに踏み出そうと考えるに違いない・・・。
 けれどそれは、災害に遭遇していない今だからいえることだろう。いざその時になったら・・・考えたくもないが、やはり想像力を豊かにして考え、方策を立てておくことが知恵というものだろう。
 こうした河川の氾濫、土砂災害が常態化していることは、災害対策が不十分ということもあるが、この狭い日本であっても、低い土地、軟弱な土地(埋立地)、斜面に隣接した土地などに「宅地建築規制」をかけるとか、国、地方自治体が買い取って他の用途に供するというのはどうか。災害復旧事業費と予防措置費(多目的ダム、砂防ダの建設、堤防の改修、強化、かさ上げ)との比較でも、買収の方がいいのではないか。
 という道筋であれば当然国家予算の事業配分に手を入れる必要がある。改めて国家予算の「事業仕分け」を行い、アメリカからの兵器の爆買い、核燃サイクル事業の中止、辺野古埋め立ての中止、政党助成金の見直し、高速道路建設の凍結。新幹線整備計画の全面的な見直しなどを俎上に挙げてもいいのではないか・・・。専門家からみれば他愛ない発想かもしれないが。

 

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2020年7月 4日 (土)

関ナマつぶしを許さない・東海の第2回総会

 リンクス電子版Ⅱ・別冊第5号を発信
 新コロナは、首都圏・東京でぶり返しの兆候があるようだが、この東海地方では「小康状態」かな。でも油断禁物だ。
 その東京では、知事選挙の街頭運動が先ほどの午後8時で終わった。
 C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・別冊第5号を発信したが、そこに次のようなコメントをつけた。
   「明日は東京都知事選挙の投開票日。マスコミ情報は小池現知事優勢(圧勝)を伝え、次点に誰が、どのくらいの得票かに移っている。このすっきりしない気持ちをどう表現すればいいのか。また、北区の都議補選も同日投開票。これも注目している。
   れいわ新選組、日本維新の会、この二党の台頭をどのように受け止め、政治全体の中に位置づけたらいいのか。
   私の中では、霞がかかったままである。どちらかといえば、二党を分析してどう対処するか、と言うことよりも、都知事選での「立憲民主党、共産党、社民党」の共闘関係を、もう一歩も二歩も進めて、それ自体が、新たな政治勢力として、力をつけていくことがいいのではないか、そんな風にも思うが、具体的なイメージがつくれない。
   みなさんはどうお考えでしょうか」と。
 第05号 2020年07月04日付は、以下の内容である。
1)ツネじい通信第84号 高橋恒美 2020年07月01日 「美山」で噛みしめし日常の営み 2)関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない 東海の会 第2回総会が開催された 「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」第2回総会へのメッセージ 中谷 雄二(共同代表 弁護士) 3)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<6月16日~7月4日>
 猛暑が予想される7月が始まったが、これまで滞っていたものが吐き出されるように、「予定」がどんどん入って来る。睡眠をとり、バランスのとれた食事、適度な運動、検温と薬飲を忘れずで、乗り切っていくつもり。

 

 

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2020年7月 3日 (金)

最後の運転免許証の更新

 「資格」を考える
 既に書いたことであるが、私の運転免許証は6月の初めで切れていた。もちろんこのままでは失効していて更新はできない。ということであるが、更新には「高齢者講習」の受講が条件で、その講習が「新コロナ」の影響で1か月延期となり、更新日を過ぎてしまったのである。そこで最寄りの警察署で3か月の延長許可をとって、今回の更新に至ったという訳である。
 18歳で普通免許をとったが、ふとこれ以外になにがしかの「資格」を私は持っているだろうかと考えたが、すぐには出てこなかった。だが一つだけクレーンを扱う初歩的な「玉掛け」の資格を持っていた。それがいつまで有効かどうかは知らないし、後にも先に役立つことはなかった(ない)が。
 いっとき「行政書士」の通信教育を受けて「資格」を得ようとしたが、受講前にキャンセルしたことがあった。やはり「資格の一つも」という思いがあったのだと思うが、もう一つは地域労働運動の労働相談などに役立つとも考えていたことも確かだった。しかしそうした事案は、弁護士に相談すればいいということになったのだった。
 学歴や資格、それに専門知識、技術は、就職の手段即ち生きる糧でもある。何がしかに貢献することもあるだろう。では「無資格人間」は、それの対極といえるだろうか。もちろんそんなことはない。現に私がここにいる。
 中学校の女性恩師の中に、70歳になってから「建築士」の資格を取ったという話を聞いたことがある。それが実際に役立てられたかどうかは聞きそびれたが、恐らく「チャレンジ精神」発露の一つではなかったか、と私は想像した。
 加齢に関係なく、好奇心を持つ、挑戦してみる、探求するなどは「ポジティブに生きる」ことの「資格」要件のような気もするがどうだろうか。

 

 

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2020年7月 2日 (木)

中部電力へ訪問通知

 ピースサイクル2020愛知始動
 新コロナ感染のぶり返しの兆し、梅雨明けはまだ。それでも7月は「ピースサイクルの夏」がやってくる。発足して35年目。この愛知は33年目。
 すでに豊田、日進、名古屋で取り組みの準備が始まっていると連絡あり。私の担当は「中部電力」であり、例年この時期に訪問通知を行う。
 自転車で走っている分には、当人の体調さえ気をつければ新コロナのことはそんなに心配することはないだろう。問題は、訪問先での申し入れ、質疑など室内での対応についてだ。
 昨今の状況を聞くところによれば、「5人、30分以内」が何だか一つの目安みたいになっているという。受ける側が「真摯な対応」をとるなら、例えば自治体への事前の質問書には、比較的丁寧な回答が用意されているので、あとは広い会議室を用意すればいいだけのことだが、そういう姿勢が希薄なところがある。
 中電へは、7月27日に訪問する。昨年は台風の影響で全日走行中止となったが、中電の休業日でもあった。そこで質問書を事前に送っておいて、事後に回答を求めたがなしのつぶてであった。
 東京電力は資料などを添えてかなりの対応しようとする姿勢である。企業姿勢の違いなのか、私たちの側に何か足りないものがあるのか。
 今年は、自転車で走行中はマスクなしでOK、室内、対面時は、マスク着用と、事前にアルコール消毒を用意したい。質問事項もある程度絞り込むことも考えたい。新たな状況には、新たな対応で臨むのは当然だ。
 どっちにしても、26日からの3日間は、高温の炎天下も台風・豪雨もないことを願う。主催者は、こんな時だけ“神頼み”である。

 

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2020年7月 1日 (水)

先輩からコメントを戴きました

 今後の発信にぼんやりと方向性が
 C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第103号について、先輩の三氏からコメント戴いた。
 今号の発信にあたって、「本誌と別冊をどう位置付けるかは、まだ暗中模索の中にあります。」などと書いたこともあってか、コメントから“励まし”の言葉が伺われ嬉しくもあり、より“真摯”に取り組んでいかねばと思い至った。
 私が発信する内容は大別すれば、転載、引用、紹介記事といった「外資導入型」の内容と、意見や見解、提案といった自発の発信、思索、日記、つぶやき、詩のような「私的」なものといえる。
 私自身がいろんなメールを受け取ったとき、集会やデモ、講演会、公判案内など「ガイド情報」も一通り目を通すけれども、深読みすることは少ない。やはり、なにがしかの意見、感想など「私見」の方に惹かれる。
 冊子の構成で転載、引用、紹介記事といったものは、誤用に注意を払うことなどがあっても時間を要しない。一方「私見」は、時宜、テーマなどの選択と執筆の重さを背負うので、当然ながら四苦八苦で時間がかかる。しかも書き終えては据え置き、据え置いては書き直しを繰り返したものほど、自分でも納得度が上がる。それはつまり、よく読まれる記事になるということではないだろうか。
 かつてはよく「状況は分かった、それで君はどう考えているのだ」と問われたこと思い出す。対人関係では年齢や上下に関係なく、相互が「どう考えているのか」は、対話・交流の必須、最優先課題だ。
 つぶやきはいいが、悪口雑言、愚痴の類は好まれないだろう。話題性、特異性、正確性に個性があればあるほど仕上がりがいいといえるかもしれない・・・。
 今後の発信にぼんやりと方向性が見えてきたような、三氏のコメントを読んでの感想だった。

 

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2020年6月30日 (火)

立憲民主党が「一般党員」を募集

     C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第103号を発信
   2020年の前半が終わる6月30日付で、C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第103号を発信した。
 現在、本誌と別冊の二本立てで発信しているが、これの違い、どう位置付けるかは未だ暗中模索中といっていい。
 とっかかりは何かを意図していたと思っていたのであるが、進めていくうちにその違いが薄れているようで、単に本誌1冊分のものを2回に分けて出したに過ぎない、という気がしないでもない。
 もう少し試行錯誤しながら、2020年の後半に入っていきたい。
   ともあれ、第103号の内容は以下の通りだ。
 1)立憲民主党が「一般党員」を募集 2)視点見解   銅像の建立と破壊 事実は事実として伝えるべき 3)私はなぜ、好んで戦争映画を観るのか 私の映画鑑賞から 4)ブログから 雑草にも命があるといわれても-広い野原で芽を出せばよかったのでは? 5)書き残し
 7月26日から3日間、ピースサイクル2020の愛知の本走が始まる。梅雨明けと、新コロナの状況が気になるが、なるようにしかならない。そのうえで準備を進めたい。

 

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2020年6月29日 (月)

映画鑑賞記録をまとめる

 執筆編集の息抜きで
 明日の30日付で「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第3号」の発信を予定しているが、中途で止まっている。今日のうちにまとめて、明日には点検して発信の段取りであったが、原稿の一部でストップがかかったまま放置。
 こういう場面は決して稀ではなく、ほぼ毎度といっていいが、半日も空けることはない。そしてこういう場合、決まって“よそ事”に手を出すのである。頭の中は原稿のことでいっぱいなのだが、再開の兆し、端緒が見つからないと“よそ事”に、ズルズル引き込まれてしまう。
 ということで今回は、観た映画のチラシ、パンフレットが山積みになっていて、以前から気になっていたこともあり、とりあえず2017年以降のものを対象に整理することにした。ところが観た映画がいつ、どこの映画館であったかのメモがない。「シネマ散歩緑の会」の鑑賞会は、ニュースを発行してきたからほぼ完ぺき。個人で観に行った映画は、「日録」「ブログ」で当たっていけば、かなり拾えるのだが、3年も遡るのもなかなか厄介なことだった。
 日付が判明しても、映画館がどこであったかメモされていなので困った。映画を思い出しながら、薄れた記憶に頼るほかなかった。それでも恐らく90%は把握したと思う。残りは後日に。
 それで、シネマ散歩緑の会の映画鑑賞会は、2017年9月から今年の1月までで15回。個人的なものは、判明したものだけで言えば、2017年が8本(鑑賞会は2本)、2018年が11本(鑑賞会は6本)、2019年が4本(鑑賞会は6本)、2020年は6月までで7本(鑑賞会は1本)であった。
 今年は、新コロナの影響で鑑賞会は1月以来止まったまま。個人的なものは、「自粛」までの駆け込みで4本、「解除」後に3本(6月)ということであった。
 さしたる意味のないことに時間を費やしたが、これで明日はすっきり編集執筆に取り掛かれるだろう。

 

 

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