2024年5月23日 (木)

立憲民主党応援団の一人として

 友人からの問いかけに答えた
 10日前の、5月13日に、友人のOさんからメールを戴いた。その末尾に、以下の問いかけがあった。
・・・この間の参議院本会議での「経済安保版秘密保護法案」採決・成立に怒りとともに、この間の諸悪法採決で賛成に回っている立憲民主党の実情に情けなくなります。
   立憲民主党応援団のあなたはどのような想いでしょうか。

   これについて私は、従来からの繰り返しになると思ったが、改めて考えていることを、幾らか手を入れてはあるが、以下のように伝えた。
   私は自らを、従来「無党派市民」と位置付けてきたが、主として選挙では社会党-社民党-民主党-立憲民主党の流れの中にいる。またいつも言っているように政治を語るときは、「反自民非共産」の立場を明らかにしてきた。
   そうした経緯であったが「枝野幸男-立憲民主党」が立ち上がった時、反安倍=政権交代の必要性、可能性を感じて立憲民主党のパートナーとなった。当初は「党員」も考えたが、(不思議なことに)議員ではなかったので党員になれなかった。今では党代表選挙に対する選挙権のある「準党員」制度ができ、誘われもしたが私は参加しないでこんにちに至っている。
   もう一つ、衆院愛知3区、立憲民主党の近藤昭一さんを応援しているが、国政報告会、立憲カフェなどに参加するものの、彼の後援会には入っていない。同党の緑区・岡本市会議員、松本県会議員も同じで後援会には入っていない。それは、政党や政策を支持しても議員個人を応援することとは別と考えているからだ。
   以上のことから、立憲民主党応援団であることは間違いないが、どっぷり浸かっているつもりはない。特に泉代表になってから、あるいは国民民主党と縁が切れない状況、さらには「連合」に振り回されている今の状況には苦々しく思っている。
   だが一方で、地域運動の一部には、既成政党批判をするけれども、政権交代を声高にいうけれども、集会やデモはキチンとするけれども、「政権交代」の道筋につながる主張・議論、行動があまり見られないように思われる。政権批判、主義主張が多いようにも受け止めている。
   二大政党時代なら、ある意味で「第三の選択」もあり、自民党でも立憲民主党でもない、という主張も生きてくる。かつての自民党・社会党の、そんな時代があって私も、「(オルタナティブな)原発いらない人々」とその流れの中にいた。
   ということで、岸田になってからは、安倍政治の上塗り以上の「悪政」に立憲民主党が立ちはだかってほしいという思いは、強く持っている・・・。
   ところで最近の共産党の退潮傾向、社民党が没落する一方、れいわ新選組はともかく、日本維新の会、参政党、さらに日本保守党などが出てきて、野党第一党の立憲民主党の位置は揺さぶられている。応援団としては建設的な意見、批判が必要だと思っている。
   それに対して有権者の目、対応はどうか。例えば投票率の低さは目を覆うばかりではないか。それでも昨今の自民党の「裏金問題」や、岸田政権の「やっているふり政治」に、有権者の目、意識の変化を見ることができるが、それらも踏まえて私は、「よりましな選択」として立憲民主党の応援団になっている、というのが私の答え。
 追記:6月30日に、総がかり行動愛知の主催で「意見交換会」が開かれる。ここで自民党政治を終わらせる、政権交代への具体的行動提案などが出てくるといいのだが。特に若い人の多くの参加があればなおのこと。

 

| | コメント (0)

2024年5月21日 (火)

ツネじい無頼帳が終焉となった

 リンクス愛知電子版Ⅱ224号を発信
 5・19集会をメインに、C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第224号を5月19日付で発信したが、その内容は、以下の通りであった。
1)金権腐敗の裏金議員に未来を託せない!政権の受け皿をつくろう!
 私たちが政治を変える!5・19集会
2)戦争(いくさ)無き世、身分を超えて、まっすぐに青春を駆け抜ける
 連載小説「青嵐の旅人」(毎日新聞)をおもしろく読み終えて
2)5・25山口二郎講演会の案内
3)書きのこし 
●“岸田は、あれでなかなかしたたか”とどなたかが言っていたと思うが、それが、憲法改正の自民党の中にあって、「改正する」と言いながら、なんだかんだといって先延ばし。アメリカに追従する姿勢一辺倒のようであるが、そうとばかり言えない、といった風なしたたかさとは、真逆で、ただただ首相の座、政権維持に執着しているだけ、と言えようか●自民党政治を終わらせる、それは政権交代のことだが、その受け皿となる野党が「頼りない」とか「ばらばらで自民党を利している」という批判的評価を受けていては「受け皿」にならない。そのいら立ちを地域の市民運動にかかわる多くの人が感じている。その一方で「総がかかり」というけれども今集会が200人余では寂しい。だから6月30日の意見交換会に期待し、秋にはせめて1000人集会を!と中谷共同代表をはじめ、関係者は意気込むのである。期待が膨らむ(中略)●「ツネじい通信」「ツネじい無頼帳」の高橋恒美さんが5月15日に急逝された・・・。
 予想だにしなかった事態に編者は途方に暮れているが、この世を闇にしてはいけない、元気出せ、のツネじいの声が聞こえてきそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2024年5月19日 (日)

自民党政治を終らせよう!

 政治の受け皿を!5・19集会
 これまで地域で、いくつかの政治スローガンを打ち立て闘いを続けてきているが、今日の時点でいえることは「自民党政治を終わらせよう!」に集約される。さらに言えば、政治の受け皿をつくろう!であろう。
 今日の5・19集会は、午後2時から「憲法をくらしにいかす 改憲NO!あいち総がかり行動」の主催で開かれた。
 主催者挨拶で長峯信彦さん(愛大教授)は「・・・悪い人(自民党議員)が法律、改善案を作ること自体がおかしい」、自民党の一連の悪政は、安倍政権からのものであり、国民を愚弄し続ける自民党政治を終わりにしましょう、と。
 次に、衆院憲法審査会-裏金議員に資格があるのか、と立憲民主党の近藤昭一衆院議員。
 最初に憲法の改正云々は、当然のことながら「憲法で命令される側の国会ではなく、主権者である国民自身。これが立憲政治の核心」であるが、そうであればなおのこと、自民党のいわゆる裏金議員に、憲法を語る資格があるのか、とこれを前提に近藤さんは、4月11日の憲法審査会に触れて、今国会に提出された地方自治法改正案がもたらす憲法問題について言及。同法案は、地方自治体に対する国の指示権を無制限に認めていることから、強大な中央政府の権限をより強大にし、中央政府と地方自治体との関係に上下関係を持ち込むことになるのではないか、憲法92条の地方自治権の保障を壊しかねないと危機感を訴えた。
他に、医療現場から「マイナ保険証一本化」問題について、愛知県保険医協会の浅海嘉夫さん(医師)が、マイナの登録、使用状況、病院側などの現状を訴えた。
 保育の現場からは、福祉保育労執行委員の本多みなみさんが、保育士の配置基準の見直しを訴えた。30人に一人が25人に、これをさらに少なくしていくことで子どもに沿った保育ができる、予算を回してほしいと訴えた。
 自民党政治をやめさせる、その受け皿を作ろう!-中谷共同代表
 最後に、まとめのあいさつを共同代表の中谷雄二弁護士は、秘密保護法対策弁護団の共同代表として5月10日に成立した新法「重要経済安保情報保護・活用法」についての声明を出したことに触れた。この経済秘密保護法に関して、これは単に政策変更ではない、これまでの公務員だけでなく民間人もふくむものであること、国会で立憲民主党は問題点を指摘したが、最終的に賛成に回ったことは残念だ、将来責任を問われるだろうと指摘。
 結局今の政治は金もうけだけの政治といえる。厳しく批判しなければならない。批判を形に、それは自民党に代わる政治の受け皿をつくることだ。その意味で、6月30日の「意見交換会」は、この地における運動を大きくしていく重要な意味を持つ。ぜひ参加して議論し、方針を決めていきたい、と締めくくった。
 デモ行進。集会後、若宮大通公園スポーツ広場から、矢場町、裏門前町通、大須、上前津交差点から矢場町に向けてデモ行進、私は少々疲れて大須で離脱した。この日は200人余の参加者だった。(5月19日 記)

 

| | コメント (0)

2024年5月17日 (金)

子どもの「親権」問題を考える

 不安なき「日々のくらし」こそが・・・
 子どものため、を優先する、それを確保するのが狙いとされる「離婚後の共同親権を導入する民法改正案」が、成立するとのこと。「1947年から続く離婚後単独親権が初めて見直されることになり、改正法では共同親権も選べるようにし、折り合わなければ家裁が判断。DVや虐待の恐れがあれば単独親権とする・・・」
 私個人としては、今となっては縁のない話ではあるが、この「親権」の問題には、結婚願望、出産、子育て、これらに対する意識の変化が背景にあって、望まぬ子どもだからからか子どもの虐待のニュースが多い昨今、親権を得て、子どもの成長をしっかり支える意味での「親権争い」なら、これは歓迎すべきことだと思う。
 縁は薄いとは思うが、孫の、その時代に立ち合うかもしれないので、「児童の権利条約の主な理念」なるものを紐解いてみた。
 それには、「児童の最善の利益」「差別の禁止」を挙げ、児童の権利を4つに分類しているとあり、それは、
〇生きる権利 - すべての子どもの命が守られる権利
〇育つ権利 - 教育や医療、生活への支援などを受ける権利
〇守られる権利 - 暴力や搾取、有害な労働などから守られる権利
〇参加する権利 - 意見を表現しそれが尊重される権利、自由に団体を作る権利
 これを読んですぐにこれは「子どもの権利」とあるが、すべて大人の「命を守る義務」「支援する義務」「守る義務」「作る義務」と読み替えることができると感じた。当然ながら子どもが権利を知り、声を大にして主張できるわけではないだろう。だから「児童の権利に関する条約」の第3条にも「締約国は児童の最善の利益のために行動しなければならない」と定めているのである。
 子どもや孫の将来について、戦争のない平和であることが大前提であるが、同時に経済的な面(生計・くらし)、環境問題(生命・健康)、政治体制(自由・民主主義)が良好であってほしいということがベースとしてある。そして家庭・家族、地域社会といった「日々のくらし」に不安がないこと、これ即ち「守られる子ども」の環境ではないだろうか。

 

| | コメント (0)

2024年5月15日 (水)

連載小説「青嵐の旅人」が完結

 面白く読み終えた
 毎日新聞の連載小説「青嵐の旅人」(天童荒太・作、高杉千明・画)が5月12日で完結した。
 時代は幕末、所は伊予の松山藩。四国はお遍路八十八か所で知られる。書き出しはそのへんろ宿の「さぎのや」で働く少女ヒスイが、森の中のへんろ道を歩いていると、沢のほとりに男が倒れているのを見つけた。腹痛を訴える男に、ヒスイは丸薬を口移しで飲ませた。やがて男の仲間の惣之丞と俊平が現れ、彼が土佐藩を脱藩してきた坂本龍馬であると分かった・・・。
 物語の中心人物はこのヒスイと「弟」の救吉、まだ少年の侍、辰之進であるが、作者の言葉を紹介すると、これは「幕末の戦(いくさ)と恋の成長物語」とあり「中学生の頃から大河ドラマを見て、不思議に思っていた。なぜ信長や秀吉が英雄として語られるのか。戦(いくさ)や年貢や身分で、多くの民をあやめたり苦しめたりした人たちなのに。
 もし時代小説を書く機会があれば、虐げられながら生きゆく民から、その時代を見つめ直したかった。年表に残る正史は、運よく勝者となった者の手によるが、実際の歴史は名もなき民たちが支えている。だから今回、江戸や京ではなく、象徴的に地方を舞台に、庶民が嵐のような時代を互いに助け合い、生き抜く姿を構想した。もちろん読み物として、面白くもありたい。
 幕末から明治初期にかけ、少年少女が多くの戦と恋を経験しながら、時代と共に成長し、真の希望に向けて旅立つ物語として」
 時代は幕末と書いたが、ざっくり言えば、坂本竜馬が脱藩したころから始まり、鳥羽伏見の戦いに敗れた徳川慶喜が江戸に逃げ帰り、やがて大政奉還し、謹慎。上野の戦いの直前まで。
 ヒスイと救吉は、12~3歳であったが、医の心得はないが次第に身につけていき、いくさ場でも敵味方関係なしに、治療、介抱して信頼を得て成長していく。
 たねあかしすれば、いくさ場とは、徳川親藩大名の松山藩と長州藩の戦いなど。新選組の池田屋事件にも関与、坂本龍馬暗殺では竜馬の遺体の清拭に立ち会う。恋とはヒスイはひそかに竜馬に惹かれていた。球吉はヒスイを。この二人は実の姉弟ではなく、さぎのやの女将に育てられた孤児(みなしご)だった・・・。
 辰之進は、若輩で藩内では下級武士でしかなかったが、時代の風を読み、いくさ場での判断力に秀て、時代が大きく変わろうとするときの「武士」の姿をみせる。
 こうした幕末から明治維新の時代に興味を持っているものにとって「英雄伝」ではない、もう一つの面を見せられてたまらない。
 なお物語の筋書きからは外れるが、作中に、伊予の儒者大原観山が登場する。その長女八重が松山藩、御馬廻加番(おうままわりかばん)、正岡常尚(つねなお)に嫁ぎ男の子を産む。それがのちの正岡である。子規の本名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)、のちに升(のぼる)と改めた。ついでにアメリカ発祥のベースボールを「野球」と命名したのはこの子規であるが、「のぼる=野のボール=野球」とあるが本当かどうか。
 最後に、へんろ宿の「さぎのや」の女将の言葉だったと思うが、こんなくだりがある。「人は誰もが、おのれや、親しき者の幸せを願いながら、人の世を旅し続ける、おへんろでございます」

 

| | コメント (0)

2024年5月13日 (月)

世界の中の日本は、私たちは

   西濃憲法集会の講演記録を読む
 去る5月3日に開かれた30回目となる西濃憲法集会、正式には「平和・人権・民主主義を考える西濃憲法集会2024」であるが、その集会の講演録「『戦争準備の風潮の下、私たちができること―東アジアからの平和構築―~主役は私たち~』」が、大垣のKさんからMLアップされた。
 講師は羽場久美子さん(青山学院大学名誉教授、京都大学客員教授、早稲田大学招聘研究員、世界国際関係学会アジア太平洋前会長「2021-24.4」)
 Kさんは、「G7に代表される帝国主義(植民地主義)国家が世界を引っ張るという旧来の『国際秩序』は音を立てて崩れ始めています。」また(「名誉白人」でありたくて米国にすがりついている岸田・日本に未来はない)新しい「秩序」を(どこかがどこかを支配・収奪する「秩序」ではないものを)、東アジアから作っていく、その責任の一端を私たちが果たしていく、と紹介しているが、まとめられた講演録は9ページに及ぶ。
 私は一通り目を通して、この講演録をコピーして印刷、手元に置くこととした。様々な統計資料が使えることもあるが、羽場さんの視点、論点がとても重要だと感じたからだ。
 私(たち)が、政治を語るとき、国内を見る前に「世界」の状況を大雑把にでも入れておく必要がある。それは例えば現在のウクライナ戦争、イスラエルのパレスチナ・ガザ攻撃、戦争を目にするが、この戦争の歴史的経緯と背景としてあるであろう「世界の支配者、仕掛け人、利得者」は誰か、つまりどの国なのか、を探っておかねばならない。
さらに「世界経済」の動向は、日本にとって大波、小波もあれば台風並みの「暴風」も吹くから、気候、戦争だけでなく人口動向、脅威を感じるIT・AIという新しい世界の席巻が始まっていることも見逃せない。
   そうした世界の状況、国際感覚を持ったうえで「世界の中の日本」を冷静に見、分析し、いち早く答えを見出すことが求められる。とはいえ、それはとても大変なことだから、こうした講演を聞き、参考にし、地域活動に生かす工夫をしていくことが欠かせない。
   さて、世界の状況、日本現状を見たうえで「私(たち)は何をすべきか」である。羽場さんの講演録から拾っていくと、第1のポイントは、自民党政府のグローバルな視点、戦略的視点も、独自の政策を持たず、追従するばかりの「アメリカの世界戦略」についてである。
   羽場さん「アメリカが世界の頂点にのし上がったのは、まさに、20 世紀の 2 つの戦争によるものであった。アメリカは 2 つの世界大戦にほとんど参戦せず、大戦のほぼ最後に参戦して次の時代の国際秩序を作ってきた・・・。つまり、アメリカの世界戦略の特徴は、自国は戦争に参加しない、戦争末期に参戦して次の国際秩序を作るということだ。直接出ていく戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争ではアメリカは常に負けている。だから出ていかずに、現地で対立させ武器を送る。それがウクライナ戦争パレスチナ戦争、台湾有事だ」と。  そうした戦略のもとに中国を敵視し、「台湾有事」があることを押さえておかねばならない。羽場さんはこれらには「米の東アジアの同盟戦略は 4 つ」あると規定した。その4つとは1)日米豪印 4 カ国の軍事同盟 QUAD、2)QUAD プラス:韓国、ベトナム、ニュージーランド、プラス台湾、3)米英豪の AUKUS、4)ファイブアイズ(5 つの目);米英豪加ニュージーランドだ。これにはヨーロッパ大陸が入っていない。付加すると「インドはアメリカの戦略を見抜いて、QUAD もやる気がない。しかしどちらにもつける戦略をとっている。ASEAN も同様だ」と。そして「アメリカにべったりで自国利益も守れないのは日本だけなのだ」と怒っている。
ここまで書いてくるとやはり「私(たち)は」である。多くは書けない。羽場さんのおっしゃることを書き留めるだけになるが。
   羽場さんは「いま議会にもかけず閣議決定で、地方自治体の反対も無視し、沖縄、九州、四国、新潟、青森までミサイルが着々と配備されている。地下司令塔を、2024 年までに全国 10 カ所に作る計画が政府から地方自治体に通達されている。いまほど自治体が重要になっているときはない」とし、その先進的な取り組みをしている沖縄を取り上げている。「今日のガザは明日の沖縄」「沖縄を平和のハブに!」を掲げ、それを、中韓台湾、また国内でも九州、四国、神奈川、石川、北海道などの自治体と結び、大きな動きに発展している、とし、沖縄の玉城知事らは、自治体、市民から平和を作る、命を守り繁栄を作るという動きが高まっている。沖縄の自治体外交、市民外交を、ぜひ日本全国に広げていただきたい、と呼びかけた。
   最後に羽場さんは、積極的に近隣国に出かけ友人を作り、平和の輪を、沖縄、長崎、福岡、名古屋、岐阜、京都、大阪から北海道まで、自治体から、メディアから、市民から作り出そう。
   戦争のない、平和な未来を、私たち市民の手で! それが本当に憲法を守り、平和をつくるということ!と。

 

| | コメント (0)

2024年5月11日 (土)

介護付き有料老人ホームを訪ねる

 老い、終末はどこで迎えるか
 間もなく90歳になられるが、中学校でお世話になった元女性教員のKさんが、昨年秋に入所した「介護付き有料老人ホーム」を同級生3人で訪ねた。
施設そのものは開設してから2年も経っておらず真新しかった。入所に至る経緯、居心地などをお聞きしたが、見た目には、持病や歩行に不自由はしておられないようでお元気と見受けた。
 子どもさんがおられないので、もっぱら親類筋から訪問を受けているようであったが、やはり教え子の私たちの来訪は嬉しいとしきりにおっしゃっていた。私からは、先の「傘寿の会」の写真集などを持参して見てもらった。
 老人ホームに関しては、今でこそ現実性は薄いが、そんなに遠くない時期に私か連れ合いがお世話になる可能性はゼロではないこともあって、施設の概要について興味をもって訪ねたのだった。
 ホームの説明には「24時間看護師が常駐し、医療依存度の高い方も受け入れ可能!自立の方からご入居でき、長くわが家として住んでいただけます」「介護ベッドやエアコンなど家具や家電もある個室のお部屋!トイレや洗面所が付き、自立した生活を続けやすい環境です」「日帰り旅行や日々のレクリエーションで楽しい日々を!認知症カフェも毎月2回行い、地域の方々との交流も盛んです。」とあった。
   Kさんの部屋を含む全部屋は、全室トイレと洗面所付きで18㎡(約5,5畳)だから広いとは言えない。5~6年前のビジネスホテルのシングルルームといった感じ。
 Kさんの趣味の一つに絵描きがあった。かつて自宅を訪ねた折り、応接の部屋には、旅行先で買い求めた置物、壁掛けと共に20枚くらいはあったのが自ら描いた絵だった。隙間なく壁一面に飾ってあった。
 そこで私から「こんなに広い壁があるのだから、飾ってみては?」「絵道具を取り寄せて、書いてみたらどうですか」とも言ってみたが、それらが許可されるのかどうか、わからないという。壁にフックを打ち込むことは認められない可能性はあるが、工夫はできると思う。「長くわが家として住んでいただけます」と施設長が述べているのだから、話し合い次第だろう。それもあるが、そうした意欲というか、「今日を生き、明日を夢見る」という精神性が健在かどうか、でもあろう。これは、まさに「教訓」の現物のようでもあった。
 3人の意見の一致「終末はどんな風に迎えるか、我々もいずれ、というよりもうすぐだな」だった。

 

| | コメント (0)

2024年5月 9日 (木)

水俣病発言打ち切りの問題

 官庁、企業に、見下しがある
 まず新聞記事を引用すると、熊本県水俣市で1日開かれた水俣病の患者団体と伊藤信太郎環境相の懇談で、団体代表らの発言中に環境省職員が時間切れを理由にマイクの音を突如切った問題が波紋を広げている。団体側の抗議を受けて伊藤氏が8日、同市を訪れ「心からおわび申し上げたい」と謝罪した。
 水俣病に関する内容については省くとして、こうした官庁や企業における当事者・支援者や、市民運動・住民運動からの「申し入れ」「話し合い」で、しばしば、今回のようなマイクの取り上げや電源遮断は、私自身は経験がないが、一方的な「打ち切り」は稀ではない。ある意味では常態化しているのではないか。
 二つの実例をあげよう。随分前にも紹介したが、一つはトヨタ自動車の例で、2000年に発生したフィリピントヨタ社における217人の不当な解雇問題に関して日本の支援団体が、親会社であるトヨタ自動車の本社に「争議解決に向き合え」との申し入れについてであった。
 法人としては別会社であっても、歴代の社長をトヨタ本社から送り出している以上、「関係ない」などとは言えない。しかもILO(国際労働機関)から再三の勧告が出されている状況が続いていたのである。
 この申し入れの時のトヨタ自動車本社の態度は、「申し入れ内容、質問に一切答えない」「申し入れ書を受け取らない」、勝手に設定した時間が来ると別の職員がやって来て「来客です」と伝え(芝居をうち)打ち切りを宣言するのであった。その態度は一貫して「見下した」ものであった。
 もう一つ。これは同じトヨタ系の「豊田通商」での解雇問題で交渉に臨んだ時は、全く逆であった。解雇撤回の申し入れに関して時間制限、人数制限は一切なし、質問にはそれなりに答える。そればかりか、「そもそもこの解雇問題が発生した背景に、就業規則に問題があるのではないか」という追及に対して、この問題を交渉議題として応じたのであった。就業規則といえば、労働契約と違って社内規則だから、外部からあれこれ言われる筋合いはないと突っぱねるのが普通であったので、交渉団として意外に思ったほどであった。
 この二つの違いについて、トヨタ自動車はトップ企業としてのメンツのせいか、申し入れ、話し合いを「交渉に応じた」という形式と、以後も応じなくてはならないという「実績」残したくなかったのではないか。
 一方の豊田通商の場合は、よくわからなかったが、海外との通商という面から、幾らか国際感覚があったかもしれないが、一方でこの種の問題に初めて直面し対応に困惑していた面と、こうした事案に「経験」を積む意図もあったかもしれない、というのが交渉団の一員であった私の見方であった。
 なおトヨタ自動車は、未だ争議解決に動こうとしていないが、別件で「フィリピントヨタ労組を支援する愛知の会」の申し入れに関して、去る2月2日付で初めて「文書回答」をした。

 

| | コメント (0)

2024年5月 7日 (火)

5月連休と「五月病」

 私はそれらに関与しないのだが
 日本社会特有なのかもしれない「5月連休」、それが明けた7日、勤労者や大学生や中高生は、“この休み、しっかり気分転換、リラックスできた、さあ、今日から再スタートで、エンジンの回転数を上げていくぞ!”と元気に玄関を後にすることができたであろうか。
 気持ちの切り替えに個人差もあろうから、すべての人がすっきりと職場や学園に向かったとは限らない。いわゆる五月病に引っかかった人もいるだろう。新しい環境に適応できないとか、休日前にやり遺したままの仕事、問題を出されていたことが重荷で、憂鬱のまま出勤、出校の日を迎えた人がいれば、家族も気がかりであろう。
 それとは別とは言い切れないもう一つは「パワハラ」に悩み、苦しむ人たち、その人の「5月連休」はどんなものだったろうか。
 報道にあった「東和銀行(前橋市)の20代の男性行員が自殺したのは、異動に伴う未経験の業務の負担や上司のパワハラなどが原因だった」という事案は、幾多ある中の一つとはいえまだ25歳、かわいそうすぎる。
 毎度のUターンラッシュのインタビュー、いかにも楽しんできた、というものばかりだが、そうした日当たりの場があれば、必ず日陰の場もある。旅行したくてもその余裕がない人もいれば、本人または家族が床の臥せっていて家を空けられないという家庭もあろう。さらに高齢で歩行に難儀する。それなら家でゆっくりしたい、という人も。
 かくいう私は、若いときはそうでもなかったが、今では仮に家庭の事情が許されるとしても、混雑、渋滞、人いきれの中に身を置きたくない、というのが大前提としてある。ということでこのブログでも「それらしき」記述はないし少しの違和感もない。ほんのひと籠のタマネギの収穫と、かねてからの手掛けたいことに着手できただけで充分であった。

 

| | コメント (0)

2024年5月 5日 (日)

玉ねぎを収穫する

 孫の成長と重ねて
 昨日、小庭の一角、半坪ほどに植えておいた玉ねぎの一部、葉が倒れていた20株ほどを収穫した。葉が倒れてから1週間後くらいが収穫期と聞いていたからだ。
 昨年に続いて今回が2度目の収穫であったが、大きさを測ってみたら、大きいので9,3㎝これが4つ、小さいのは5㎝で3つ、残りがその中間くらい。同じような条件のもとに置いてあったが、このように大きく差ができるのは、やはり何かが足りないからだろう。
 もう一つ気になったのが、穴の開いた黒ビニールを敷いておくとよい、と聞いていたので今年は、半数に黒ビニールをかけて成長を見守った。今回収穫したのは、黒ビニールを掛けなかった方だった。ばらつきが大きいのは、そのせいかもしれないし、黒ビニールをかけた方の収穫がどのくらい後になるか、玉の大きさ、ばらつきの大きさを見てみたい。
 人間を含む動物も、一見して同一、同質と思われる植物も全く同一のものはないといっていいが、人間の場合それを「個性」と呼ぶ。その個性がある意味で成長を促していると思う。刺激し合ったり、共感しあったりしながら成長していくのだと思う。(同一性、規律を重んじる軍隊はどうだろう、人間の成長を止めてしまうのではないだろうか)
 私は7人の兄姉妹の中で育ったから、それなりの「個性」を感じてはいた。一方子どもは一人しかいないから、比較はできないが、同居する孫3人の成長、個性を垣間(かいま)見ることがでる。
 今日は、「子どもの日」ではあったが、中高生、成人となった今、孫たちにかける言葉はなかった。玉ねぎの成長と比べられるものではないが、“感じる”そのものに大きな違いはないような気がしたのだった。

 

| | コメント (0)

2024年5月 3日 (金)

5・3憲法記念日に思う

 衆議院憲法審査会を注視する
 今日は憲法記念日、全国各地で様々な形で取り組みがなされよう。
 大切な憲法とはいえ、日ごろ縁のないような存在かもしれないが、だからこそ、といえるかもしれないこの日に、今一度憲法の条文を読み直してみたいものである。
 私の書棚には六法全書もあるが、手の届くところに、手のひらサイズの「日本国憲法、付教育基本法、英訳日本国憲法」(2001年初版・童話屋発行)があって、必要に応じて開いている。
 表紙に小さく「小さな学問の書」とあって、明らかに子ども向け。条文にふり仮名がふってある。また「子どもたち、この新しい世紀のはじめに、『日本国憲法』を読みなさい。なぜいのちや一個人というものが尊いのか、なぜ自由や平等が大切であるのかを、深く考え、話し合ってほしい。――そして、共に遠く未来を見つめよう。千年後の子どもたちに遺すもの――青い星、地球。」今こそ、子どもだけでなく大人も読むべきであろう。
 さて、愛知の憲法集会は、3日の午後1時から名古屋市公会堂で「憲法施行77周年記念市民のつどい~憲法とつむぐ未来~」として開かれる。主催者、関係者などのあいさつに続いて第一部に、講談:神田香織さん(日本演芸家連合加盟、講談協会会員)の「はだしのゲン」、第二部は、講演:斎藤幸平さん(東京大学大学院総合文化研究科准教授)の「奪い合いの経済から分かち合う未来へ」であり、魅力的な内容となっている。主催:愛知憲法会議。
 ところで国会での論議はどうなっているのか。共同通信の「施行から77年、憲法論議が岐路 自立維、条文協議入りで攻防」の記事を引用しておくと、
 日本国憲法は3日、1947年の施行から77年。自民党は岸田文雄首相が掲げる9月の党総裁任期までの憲法改正に向け、条文案作成の早期協議入りを要請する。立憲民主党は「改憲自体が目的化している」と反対。日本維新の会は立民を除外した改憲勢力だけで先行させるよう主張する。各党は攻防を繰り広げ、憲法論議は伝統的な協調路線が揺らぐ岐路に立つ。現状の衆参両院の憲法審査会では条文案の具体化は進んでおらず、首相目標の達成は困難な情勢だ。
 衆院憲法審は4月に議論を開始。自民は、改憲勢力の5党派が一致する「緊急事態時の国会議員の任期延長」を中心に論点を絞りながら、憲法審の幹事懇談会に協議の場を設ける案を提起した。
 立民は「論点は多岐にわたる」として、条文案を作成する段階ではないと反論。数年単位で憲法全般を見渡した議論が必要だと訴える。維新、公明、国民民主各党と衆院会派「有志の会」は自民の提案に賛同。維新は「審議を妨害するなら立民抜きで進め、多数決で原案を作成すべきだ」と要求する。共産党は護憲の立場だ。(5月2日)
 この憲法審査会は、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議又は国民投票に関する法律案等を審査する機関。 本審査会は、第167回国会の召集の日(平成19年8月7日)から、国会法第102条の6の規定に基づき「(衆議院に)設ける」とされている、という。いずれにしても各党の対応を見ていると、「立憲平和主義」の立場からすれば、国会の憲法審査会から目が離せない。それを含めての「憲法記念の5月3日」である。

 

| | コメント (0)

2024年5月 1日 (水)

新緑の5月、再起動したい

   一連の企画をひとまず終えて
   “さあ、5月になった、あれに手を付けるぞ”と意気込みだけは持ったのだが・・・。
 昨日までに、関わり続けてきた同級・同年の「傘寿の会」、一連の「開催準備、開催の運営、報告写真集の編集発行、世話人の打ち上げ会、最終の会計報告」をもってすべて終わった。この間およそ8か月間。
 昨年の9月から手掛けてきた「夜間高校文芸部、その時代にこんな詩を書いていた」という、その復刻を3集にわけて編集し、身近な人にお配りしてきたが、4月29日に第3集の投函と配達を終えた。これも約8か月間だった。
 加えて昨日の30日付で、4月では3号目の「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ」の第223号発信し、その夜、高校の同級生と一杯を交わして“仕上げた”のだった。
 「主夫」としては、日が、月が、年が変わろうと、その日常はレールの上を走っている電車のようなものであるが、その日常の中の間隙が「複線」として使いきれるかどうか、そのことを意識してきた。それで複線のどちらが「本線」であるかは一概に言えない。けれどもこの先の駅一つ一つに停車する鈍行=各駅停車であるが、そこに向かって新たに発車、5月が始まった、というわけである。
 こうした行き先(目標・目的)、ダイヤ(日程・スケジュール)、起動力(気力)、前方注視(世界観)は、列車の運行(思考と行動)に欠かせない・・・。濃淡があるにしても多くの人がそうした営みをしている。老朽化した気動車も、急坂は無理としても、緑の草原地帯、せせらぎが聞こえてきそうな鉄橋、少し心細くなりがちだが、トンネルを走り抜けることはできる、そう思って起動しようと思う。さて、何から手を付けるんだったんけ?

 

| | コメント (0)

2024年4月30日 (火)

沖縄の現状を知る4・28集会

   リンクス愛知電子版223号を発信
   4月も終わりか・・・と、月末になると妙な感情になる。やらねばならない仕事の焦りとか、逆に残ってしまった仕事が気がかり。それにもまして“失われてしまった”かもしれない「時間」への未練?後悔?
   取り急ぎ、といっても何も急ぐことはないのだが、「取り急ぎ、第223号をお送りします」とC&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第223号を午後に発信した。
   内容は以下の通り。
1)4.28は主権回復の日か 沖縄から見える日本
 民意は無視され、屈辱下の沖縄の現状を知る4・28集会
2)第33回リベラル政治懇話会の案内(5月25日)
 山口二郎氏を迎えて「自民党金権政治をいかに終わらせるか?」
3)書きのこし
●集会でのアピール、講演集会の内容をメモするのが少しずつ、つらくなってきた。今回のようにパワーポイントを使っていただくと、それをデジカメで写し取ることができ随分助かる。この「リンクス」、いつまで続けられるか●政治・経済・社会・国際いずれも関連しているから、連鎖・網羅したい気持ちに駆られるが所詮、無理。プロの記者だって分担しているのだから。それでも、という気持ちで私は「何事も広く浅く」をモットーとしてきた。「浅く」が残って狭くなって行くのか、はたまた「井戸一つ掘る」に閉じこもるか。その選択は、もう少し先にしようと思う・・・。(4月30日)

 

| | コメント (0)

2024年4月29日 (月)

4・28は主権回復の日、か

 屈辱下の沖縄の現状を知る集会
 昨日は、4月28日ということで沖縄集会があって参加した。
4月28日は、一般的に「サンフランシスコ平和条約発効記念日・日本が独立した日」つまり「主権回復の日」とされる。しかしそれは本土に限ってのことで、沖縄は日本の独立から切り離され、アメリカの占領下に置かれたままになり、沖縄の人々にとってこの日はまさに「屈辱の日」と、そのように言われている。
 それでこの日の集会となったわけだが、それは単なる「記念日」だからというだけではない。その後の沖縄の状況、こんにちの状況、さらにこの先に予想される状況は、米軍基地の強化(辺野古新基地建設)、自衛隊の進出とミサイル基地建設、さらに「台湾有事」の最前線、という、沖縄の民意は無視され、退けられ「屈辱」の層は重ねられるばかりなのである。
そしてそのことは、本土ではほとんど顧みられない、関心を持たれない、政治的にはアメリカの言うなりで「独立国」としての自決権、自治権、国家としての尊厳すらない、そういう状況のもとでの集会なのであった。
 この日の午後1時30分、第1部「 歌と語りで聞く沖縄の心」を松川哲雄さん(宮古民謡保存会会長)、上運天有二さん(宜野湾市出身、三線奏者・語り、愛知県ふるさと大使)、そして第2部の講演では、与那嶺恵子さん(元名桜大学教授・沖縄対話プロジェクト共同代表、ノーモア沖縄戦ぬちどう宝の会立上げ人)が90分にわたって、戦後の沖縄、沖縄の本土復帰、「2021年から戦争前夜の現在まで」さらに「台湾有事を口実にした日本の対中戦争とは?」まで、広く、深く、痛切に語ったのであった。
 日本の政治を語るとき「憲法・安保・自衛隊」「忘れない!オキナワ・フクイチ」が私の立ち位置を示すものであり、それらに関してできるだけ参加することを心掛けているが、諸事情でかなわないことが多いのは残念なことだ。
 なお、集会後会場(伏見)から名駅まで「道じゅねー」が取り組まれた。この「道じゅねー」とは、沖縄県でエイサーとともに行われている先祖供養のために行う芸能や祭りでの練り行列のこととされる。(私は参加できず)

 

| | コメント (0)

2024年4月27日 (土)

非武装にして中立国家はあるか

 石破湛山・石橋政嗣・江田三郎について
 4月23日(火)に「石橋湛山研究会」について少し書いたが、少し前に知人からもらった通信に、社会新報の記事として「イスラエル軍元兵士が語る『日本国憲法9条論』」に関連して「石橋元委員長の非武装中立論に重なる」という見出しの記事を改めて読み直した。そしてほとんど同時に元社会党書記長(社会市民連合代表)江田三郎と「江田ビジョン」「構造改革論」が想起され、この「石破湛山・石橋政嗣・江田三郎」の三人に何か共通点がありそうな予感がしたのだった。
 詳しくはもう少し深堀しないと思わぬ方向に結論が行きそうなので、ふと思いついただけのことを書く。つまり、私自身は必ずしも明確な政治思想、政治路線を持っていたり、選択をしてきたわけではないが、あえて言えば「社会党左派」と言えようか。だがそれも社会党員になったわけでもなく、むしろ「反自民」に対する位置づけ程度であったと思う。
 それで三者の共通点は、アメリカに対して親近感を持っていても自立と一定の距離間を保つ、そして「平和に徹する」ということではなかろうか。だが問題は、例えばアメリカと「共同歩調」をとることが、あるいは「専守防衛」はいいとしても、「必要最小限の防衛力」へ踏み込めば、結局軍備拡張につながっていくことになる。岸田政権のもとで今それが進行中なのだといえる。
 ところで1970年代後半か1980年代の頃の「非武装中立論」を見て、当時私も「非武装中立、いいじゃないか」と思っていたと思う。だがそれはスローガンみたいなもので、内容を深く検討したわけでもなかった。「非武装中立で、他国が侵略してきたらどうするのか」の問いに「そうならないための外交の力をつけ、外交で解決」は、今でもそんなに変わらない。「自衛隊は解体するのか」の問いには、「国土建設隊、災害救援組織に衣替え」と言っていたように思う。これも大きくは変わっていないけれども、この課題を「政権交代」としての政策論に反映させようとすると、現実との整合性が保てるかどうか不安になる。     「ロシアのウクライナ侵攻を見て、非武装中立が成り立つか」「北朝鮮(DPRK)、中国の軍拡に対して、非武装中立が成り立つか」に「そうしなければ結局戦争になる、戦争を望まないなら、戦争につながる一切を取り除くほかない」が答えになるだろうか。
 “党員でもないし、まして議員でもないから”と棚上げしてしまうことはできるが、今の私にはその問題意識を持ち続ける事しかできない、口惜しいが。

 

| | コメント (0)

«大学病院へ行って感じた